アーティスト・慶應義塾大学准教授・長谷川愛氏に聞く
(1)アートとテクノロジーで未来を思索するスペキュラティブ・デザイン

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聞き手 都築 正明
IT批評編集部

テクノロジーはオリジナルとコピーの境界を変えるのか

先ほど話題にのぼった「PSYCHO-PASS」の塩谷直義監督は、先日のインタビューで「AIは0から1を生み出すことができない」と仰っていました。AIチャットボットというのは、むしろ私たちが本当に0から1を生み出しているのかを改めて考える契機になっているようにも思えます。

長谷川 私もその記事を見て「人間だって0から1を生み出したことなんてほとんどないじゃない」と思いました。アート界でも、オリジナリティについてよく議論されます。クラスメイトとも完璧にオリジナリティのある作品制作は可能か?という話をしましたが、文化は積み上げられてできるものです。卒業制作においては、そのテーマを選んだ理由や文化的意義、どれだけの類似作品を参照していて、そのうえで自分の作品のどこに新規性があるのかを論文で示すことが求められます。LLM(大規模言語モデル)は、論文を書くところまではできるかもしれません。そうすると、それを審査したり判断したりするキュレーターの役割が重要になってきます。AIを用いて制作したものも含めて、さまざまな作品の中から意味や価値を見いだすのは、やはり人間ですから。100%新規性のある作品制作は可能かもしれないけど、多分誰もそれを正しく理解し価値を認めることはできないと思います。

オリジナルとコピーの問題提起についてはデュシャンやウォーホールの作品まで遡ることができますし、シミュラークルの概念では消費社会すべてに敷衍されます。テクノロジーを用いるから新しいということでなく、新しい概念を提示できるかどうかにこだわられているのですね。

長谷川 そうですね。新しいテクノロジーが出たときに、なにが楽しいかというと、いままで考えていた世界がガツンと変わることですよね。私たち人間がこれまでと同じような価値観のもとに生きていくかと思っていたところから、そうではない未来がやってくるかもしれないという期待を抱いたりするわけです。

手元の作業が効率化するというレベルではなく。

長谷川 よくワインづくりにたとえてお話しするのですが、ワインはまず菌や養分のある土壌があって、そこに育ったブドウを収穫して樽に詰めて醸造して、それを瓶詰めしてブランディングをして商品になります。ワインづくりというと、ブドウを醸造してブランディングすることだけがイメージされがちですが、それ以前の工程がなければワインはできません。同じように、アートやデザインも作品の制作だけでなく、土壌づくりにあたることがあって成り立っています。消費者の目に見えない、土壌や菌がまず、ある。アートもそれに似ていて、アーティストの前に社会に価値をみとめられていない変人・奇人がいて、それをみていたアーティストがそれをより洗練させている、ということが多いのではと私は思っています。

名門ワイナリーのワインだけでなく個性的なビオワインがあったりするような。

長谷川 ビオワインも面白いカルチャーですよね。牛の角に糞をまぜて土の中に埋めると美味しくなる、ということを真剣にしていたりして。効率がよくて正しい伝統的なものではないストーリーがあり得るという意味では、テクノロジーも同じように考えることができると思います。

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