学習院大学法学部教授 小塚荘一郎氏に聞く
(1)AI時代の法と規範
法の見地からテクノロジーをどう考えるか
AIには、英米的な判例法主義と大陸的な制定法主義のどちらに親和性が高いのでしょう。
小塚 英米法と大陸法について、そのような対比で語られることが多いのですが、イギリスやアメリカにも成文法はたくさんありますし、大陸法である日本でも多くの判例を参照しますから、英米法が判例主義で大陸法が成文法という明確な区別がつけられるわけではありません。ただ、たしかに英米法の国、特にイギリス法系のイギリスやオーストラリア、シンガポールなどでは、NFTや暗号資産については法律をつくらなくても対応できると言われ、それと比較して日本は遅れていると見られることもあります。しかし、法律をつくらずに対応できるのが本当によいアプローチなのかはわかりません。むしろ法律をつくったほうが、テクノロジーの新しさをより正確に受け止められる可能性があります。
既存の法律の枠組みで捉えられるか、そうでないかの判断がなされるということでしょうか。
小塚 要するに、誰が新しさを受け止めるのかということなのです。判例法に基づく場合は、そこを裁判官が考えることになりますが、裁判官がテクノロジーに強いかというと、必ずしもそうではありません。法律をつくる過程では技術やビジネスの専門家の方々などの、さまざまな意見を取り入れていくので、うまく機能すればよい法律をつくることができます。一方、今の技術に都合のよい制度にしてしまうと、技術が進んだときに時代遅れになってしまう危険性もあります。
今の技術を持っている人に都合がよい制度になりすぎると、そこが権益化して技術の進歩が阻まれる可能性もありそうですね。
小塚 他方で今の技術を持ってる人が関与していないと適切な判断ができず、技術の進歩を妨げるような制度になるという危険性もあります。裁判官は、最先端の技術についての専門家ではありませんから。そこは一概にどちらがよいかはわかりません。
先生は宇宙における法制度にも携わられていますが、サイバー空間にしても宇宙にしても、誰の足跡もついていないフロンティアとして技術開発が進められている側面があると感じます。
小塚 足跡がついていないといえばそうですが、技術は常に積み重ねで成り立っているわけですし、法制度も既存の考え方の上に新しいものに対応していきます。その意味では、どんな技術分野もまっさらな上にできているものではありません。むしろ重要なことは、今までの技術に比べて何が新しいのかを正確に理解して、適切に法制度に反映させていくことです。すべてを今までの延長に過ぎないと言い切ってしまったり、見かけの新しさばかりを強調してしまったりすると、実状に適さない法律をつくってしまうことが起こり得るのです。
そう考えると、AI関連の法制度というのは難しい問題を孕むことになりますね。
小塚 第3次AIブームにおいては、当初から人間存在の本質に大きな影響を与えるという認識を技術者の方々が持っていました。そのため早い時期から社会との関わりや倫理についても考えられていて、制度の議論も広く進んできたと思います。宇宙については必ずしもそうではありませんでした。宇宙技術というのは基本的に軍事技術ですから、安全保障のロジックで進んできたのです。AIについては、安全保障的な意味合いもあるものの、それ以上に、技術者の方々も人間そのものに関わってくる技術だということを自覚して取り組まれてきました。その点は非常によかったと思います。本当に技術をわかっている方々は、私たちが驚くほど法律に詳しいです。場合によっては専門家より詳しいこともあるほどですから。
テクノロジーと法律の関係で、どう新しさを受け止めるかについては、まず遺伝子工学で議論されてからAIの問題が出てきて、現在はChatGPTをどう評価するかということに至っています。新しいものの影響を受けるのは、私たちよりむしろ何世代も後の子どもたちである可能性が非常に高い。そうした未来への責任について法によって対処することが可能でしょうか。
小塚 それはとても深遠な質問です。そこについて最も先行しているのが地球環境についての議論です。地球環境の問題は将来世代に対する責任だとされていて、それが正しいかどうかも含めて、さまざまな議論があります。優等生的な答えとしては、何が将来的な世代に対する責任なのかを決めていくプロセスが大事だということになります。市民参加と意見集約の2つを前提とした政治ですね。ただし、市民団体や環境団体が参加して、いわゆるマルチステークホルダーのプロセスによって意見を集約することは、ヨーロッパでは可能ですが、アメリカではそうしたプロセスが必ずしもうまく機能しません。2つの前提が満たされていないときにどうすればよいかについては、よくわかっていないのが実状です。
ジャッジする側がとても勉強をして、すべてを知っていなければならなくなってしまいます。
小塚 裁判官が、法律の本だけでなく、私の著書も「IT批評」もすべて読んで答えを出すということですよね。それも、あながち非現実的ともいえません。日本の裁判官は、実際にそこを目指している節もあるんです。司法研修所(司法試験の合格者に対する研修ではなく、裁判官を対象とした研修)でも、裁判官が、法律以外のことを幅広く学んで適切な判断ができる能力を修得することを目指しているように見受けられます。
そうなんですね。とはいえ、市民運動からボトムアップで決めても、エリート裁判官がジャッジしても、抵抗を示す人たちはいるでしょうね。
小塚 社会からのルートが機能するか、優れたエリートが法を発展させていくか。双方に限界がありそうで、そこは難しいところです。
かつては、ロボットをつくることについても慎重でした。有名な歩行ロボットをつくった会社の方から、開発にあたってトップがローマ法王に謁見して制作してよいかを尋ねたという話を聞いたことがあります。神でもない私たちが、人の形をしたものをつくってよいのかと。
小塚 それは人間に似た形だったからでしょうね。どうしても外形にとらわれてしまう。法律家でも一般の方でも、人間に似たものを見ると人間のアナロジーで考えてしまい、ロボットにも人格があるのではないかということを言いがちです。必ずしもロボットが人間の形をしている必要はないのですけれどね。情報処理能力としてはハードディスクのなかにアルゴリズムがあればよいはずですし、物を動かしたり対象に働きかけたりするアクチュエーター(エネルギーを動作に変換する装置)も、目的に応じた形をしていればよく、人間の手や足に似ている必要はありません。逆に人間に似ていないロボットを見ると、人はそれを機械とみなして、技術が進んで便利になるのはよいことだという認識を持ったりします。技術の本質は同じでも、人間の形をしていれば人間になぞらえてしまい、人間の形をしていないと機械だと割り切ってしまうのは、ある種の誤解です。そのあたりについては、解きほぐしていく必要があるでしょうね。
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