官僚主義と“善”の陳腐さ
映画『生きる-LIVING』は名画か?

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テキスト 桐原 永叔
IT批評編集長

中国という未来から見る、現在の責任

暗黒の啓蒙書』を書いたニック・ランドは上海在住である。ニック・ランドが主唱する加速主義、新反動主義は西洋的な先進国の停滞の原因を過度な民主主義と平等主義におく。

この西洋的な先進国の停滞と無縁な中国は民主主義と平等主義を傍に置き、自由経済のみを加速することで成長を続けている。政治や思想は官僚たちに任せ人々は経済活動に専心するのだ。これを中華資本主義と呼ぶ。

歴史家の與那覇潤は『中国化する日本 日中「文明の衝突」一千年史』(文藝春秋)で、日本の歴史を近代化、西欧化の歩みとは別に中国化との揺らぎのなかで概観する。

中国化とはまさに皇帝と官僚組織による政治支配のもとで、経済活動を自由化し活性化することを意味する。與那覇は、中国はこうした社会体制をすでに宋朝(960〜1279)時代に確立したとしている。

中国は世界に先んじて自由主義経済を実現したグローバル国家だという。科挙による世襲にとらわれない人材登用により貴族支配を撤廃し、活版印刷の普及で広い国土においても情報を均等にして参加者を増やすことで競争を活性化し、貨幣への信頼を築いて流通を促し物々交換の経済を脱したのだ。

これらは西洋や日本などの先進国でもようやっと近世(初期近代)以降に実現したことばかりなのだ。

前回、私は「ひとつの時代をスキップして近代化した。強国こそを最大の目標にして科学化を進める、ここ30年の中国あたりの姿に似たものを感じるといえば反発を招くだろうか。」と述べたが、よくよく考えれば短絡であった。

中華資本主義について私はどうにも居心地の悪さがあるし、それは加速主義や新反動主義に感じるものとも通底している。しかし、中国には私たちの世界のひとつの未来の姿があるのかもしれない。そうだとすれば、未来への責任の取り方のヒントがあるはずだ。

與那覇の同書は発売時にすでに読んでいた。中国化のテーゼもそれなりにインパクトをもって考えていたのに忘れてしまっていた。

まさに何度も中国化をしようとしながら旧来の日本型の社会に揺れ戻ってきた日本の歴史のように、私はかつての思い込みに揺れ戻っていたようだ。

與那覇の肝要な部分は、日本の歴史では中国化の流れは短期間、あらわれて必ずゆり戻しがあることだ。明治維新後のそういう動きを「再江戸化」と與那覇はいう。

どこかヴァイマル共和政に疲れた人々がナチスを求めたこと、権威主義化していったことを『自由からの逃走』(日高六郎訳/東京創元社)とエーリッヒ・フロムが呼んだ状況に似ている。そして、ニック・ランドの議論もここにつながっているように感じるのだ。

私が、「中国化」を思い出したのは今回の記事を書くにあたり與那覇の『帝国の残影 兵士・小津安二郎の昭和史』(文春学藝ライブラリー)を手にとったせいだ。

小津安二郎に関しては内外で語り尽くされた感があった。ここまでに登場した蓮實重彦の前出書、ドナルド・リチーにも『小津安二郎の美学—映画のなかの日本』(山本喜久男訳/現代教養文庫)があるし、語られる内容もローアングルや独自の構図、反復されるストーリーテリングなど論点も出揃っていると感じていたが、與那覇はまったく予想外の点から小津安二郎を論じた。

それは中国化を軸にするものであり、中国を通したグローバルな視点の映画への取り込みについてのものであり與那覇のテーマはここでも一貫している。

帝国の残影』を読んで私は改めて小津の『東京暮色』をDVDで見直し、同書でも紹介される従軍記者として中国戦線に同行した林芙美子と水木洋子がストーリーを成した成瀬巳喜男の『浮雲』もDVDで見直した。

浮雲』は学生の頃、三軒茶屋の名画座で観て立ち上がれないほど感動した映画だが、今回はさらなる感動を味わった。それは私が人生を経たせいであろう。

黒澤も小津も成瀬も、ここに取り上げた映画は戦後の空気を強く感じさせるものだ。戦中をどう過ごしたかはその映像に強く反映されている。

そういう意味で黒澤の『生きる』の通夜のシーンに登場し、過去について激しく議論を戦わせ新たに生きることを誓い合った者たちの愚かさとは、ほとんど戦後の日本人そのものだったような気がする。

自由からの逃走 新版

エーリッヒ・フロム (著)

日高 六郎 (翻訳)

東京創元社

ISBN:978-4488006518

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帝国の残影 ―兵士・小津安二郎の昭和史

與那覇 潤 (著)

NTT出版

ISBN:978-4757142619

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東京暮色

小津安二郎 (監督)

原節子, 有馬稲子, 笠智衆, 山田五十鈴 (出演),

松竹

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浮雲

成瀬巳喜男 (監督)

高峰秀子, 森雅之, 中北千枝子, 岡田茉莉子 (出演),

東宝

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最後に私自身の話をすこし。以前、書いたが、私にも脳梗塞で死期を意識した時期がある。そのとき私が心ひそかに誓ったのは今回の記事の言葉でいえば、官僚的な仕事はすべて放擲して自由に生きていこうということだった。やり残したことなどとは思わずに、ただ逃げることを思った……。しかし、いまや私は自由とはほど遠く、あの日の誓いも虚しくせっせと働いている。滑稽だ。

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