谷合廣紀四段インタビュー(2)
将棋が先行して示す人間とAIのあるべき共存の姿

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聞き手 桐原 永叔
IT批評編集長

将棋の世界はAIと人間の付き合い方の先行例

桐原 AIを使って研究して将棋が強くなる人もいれば、強くならない人もいます。AIの研究者の一人として、AIのソフトにどう向き合っているのか教えてください。

谷合 AIの手は参考にはしますが、自分が好きなかたちを崩してまで指そうとは思わないです。

桐原 プロの棋士ともなれば、指し方自体がその人のアイデンティティと言えるんじゃないでしょうか。AIは参考にしても大事なのは自分のアイデンティティですよね。

谷合 うーん。そこは人それぞれなんです。今の棋士でAIソフトを使って研究していない人はほとんどいないと思いますが、それでも40代、50代の棋士は自分のアイデンティティを大事にされています。逆に若い世代は強さに貪欲で、AIと同じ手を指しつづけるのが目標と言い切っている棋士もいます。

桐原 自分がAIになるのが理想なわけですね。面白いですね。AI研究はいかにして人工知能(AI)が人間に近づくかを目標にしていますが、いかにしてAIに近づくのかということですから、逆転現象ですね。将棋の世界は、AIと人間の付き合い方の先行例になっている気がします。

谷合 たしかに、将棋界は人間とAIが共存している良い例と言えるかもしれません。電王戦というイベントがあって、事実上AIが人間の実力を超えたわけですが、それで将棋界が魅力的でなくなったわけではありません。むしろABEMAのように画面上にAIによる評価値が出ることによって、将棋を知らない人でも楽しめるようになりました。人間同士の将棋の魅力は衰えていないし、それでいてAIのいいところは取り入れられているので、うまく共存している世界だなと思います。

桐原 そう考えると、AIと人間がどう共存していくかを考えたときに、かなり参考になりますね。付き合い方としては実証実験のレベルを超えて、実戦しているわけですから。

なぜ棋士は勝負事が好きなのか?

桐原 棋士であることと同時にAIエンジニアであることで、何か相乗効果みたいものは感じることがありますか。

谷合 正直言ってないですね。お互いに良い影響を与えているという感触は残念ながらありません。ただし、自分にとっての共通点というのはあると思っています。自分がなぜ棋士とエンジニアを両立できているのかについては、よく考えるのですが、どちらも競争心がポイントになっています。棋士については言わずもがなですが、先ほどお話しした通り、コンペティションが割と好きで、いいAIをつくるということはスコアを競うことになるので、そこが自分には向いていると思います。

桐原 将棋も囲碁も、ギャンブルの好きな人が多いのはやはり勝負事全般が好きだからでしょうか。

谷合 たしかに棋士は麻雀やポーカーが好きな人も多いです。勝負事だからというのもありますが、麻雀は将棋にはない運要素が強いので、そこに惹かれるのではないでしょうか。どこかで将棋や囲碁やチェスといった完全情報ゲームにはないギャンブル要素を求めている感じがします。

棋士とエンジニアの共通点は集中力と競争心

桐原 エンジニアであることの魅力というか、将棋にはない面白さをどこで感じるのでしょうか。

谷合 将棋は将棋界という閉じた世界のなかでの戦いです。エンジニアの場合、新しいことに挑戦できるし、しかもそれが社会の役に立つというところが将棋の世界にはない魅力だと感じます。

桐原 棋士とエンジニアの両立は苦にならないですか。

谷合 いやあ、しんどいですね。私はいろいろやるのが苦手で、同じことに没頭したいタイプなので、1カ月単位で活動が区切れればいいのですが。締め切りがランダムにくるので、まとまった時間がとりづらいです。将棋は年間で言うと40局ぐらいやりますから、週に1回あるかないかぐらいです。対局前日は過去の復習をしなければなりませんし、翌日は疲れて何もできなかったりするので。

桐原 対局にはものすごい集中力を使っているわけですね。

谷合 そうですね。先ほどの将棋とエンジニアの共通点の話に戻りますが、もちろん論理的な思考力が求められるとは思いますが、むしろ、何かにのめり込んで熱中できるという能力こそが、どちらも必要かなという気はします。集中力と言い換えてもいいのですが、それが将棋においてもエンジニアにおいても必須だろうと感じています。それと、勝負にこだわる姿勢ですね。

桐原 これからも谷合さんみたいな何足もの草鞋を履く棋士は出てくるのでしょうか。

谷合 昔は高校に通わないで将棋一筋という方もいらっしゃいましたが、最近は大学を出てプロになる方も増えています。エンジニアに限らず、プロの棋士でありながら他分野でも秀でて何かをやるという人は増えてくると思います。将棋界にも多様性が生まれるのでそうあって欲しいなという期待もあります。

桐原 最後に、将棋が好きで将来はエンジニアを目指している人たちにアドバイスをお願いします。

谷合 勝ち負けがはっきりしているという意味で言えば、データ分析のコンペティションに適性があるんじゃないかと思います。競う相手は世界中にいて、コンペなのでゴールもはっきりしています。将棋好きは負けず嫌いの人が多いので、モチベーションが上がるのではないでしょうか。(了)

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