将棋が先行して示す人間とAIのあるべき共存の姿
谷合廣紀四段インタビュー(2)

将来、人とAIはどのような共存関係を築いていけばいいのだろうか。AIが人間のトップ棋士を凌駕して数年が経つが、むしろ将棋という競技は以前にも増してファン層を増やしている。そこにAIと人間のあるべき関係の先行例を見出すことは可能だろう。

谷合 廣紀(たにあい ひろき)
1994年生まれ。棋士(四段)。東京都出身。東京大学工学部電気電子工学科を卒業、同大学院情報理工学系研究科電子情報学専攻博士課程に在籍中。自動運転ベンチャー「ティアフォー」のエンジニアとしても勤務している。2006年に新進棋士奨励会に6級で入会。2011年9月に三段に昇段し、2020年4月1日付で四段昇段・棋士となる。
著書に『Pythonで理解する統計解析の基礎』(技術評論社)がある。
目次
- 日本は計算資源の多寡が影響しない分野で戦えば勝算がある
- 棋士はAIソフトから何を学んでいるのか
- 将棋の世界はAIと人間の付き合い方の先行例
- なぜ棋士は勝負事が好きなのか?
- 棋士とエンジニアの共通点は集中力と競争心
日本は計算資源の多寡が影響しない分野で戦えば勝算がある
桐原 自動運転の研究はどのあたりをゴールに置いて進んでいるのですか。
谷合 全体のプロジェクトは膨大すぎて俯瞰して見ることが難しいのですが、私の研究分野でいえば、基本的には精度を高めるのが目標です。今の段階でも精度は低くはないと言えるのですが、誤認識は命に関わることなので、いくらでも精度を高める余地はあるという状態です。まだ具体的なゴールは見えていません。
桐原 大学ではどんな研究をなさっているのですか。
谷合 株式会社ティアフォーでの仕事と割と近くて、自動車とAIがらみの研究をしています。具体的には、フォークリフトの運転支援でして、半自動運転であったり事故防止のための技術を研究したりしています。最近は建設機械などにAIをとり入れるというのは世界的にもトレンドになってきています。公道とはレギュレーションが違うので、実装されるのも早いという側面もあります。
桐原 将棋や囲碁のAI開発では、Google(DeepMind)が何歩も先を進んでいるように見えますが。
谷合 必ずしもそうは思いません。というのも、DeepMindはAlphaZeroでゲームAIのアルゴリズムに革命を起こしたものの、それは必ずしも強くて手軽に使える将棋AIの誕生を意味していません。確かにAlphaZeroはそれまで最強クラスの将棋AIより強いレーティングを記録していますが、それはモデルの学習時・推論時ともにGoogleの膨大な計算能力があったから達成できたことで、ハードウェアの条件を整えれば日本の開発者が作ってきた将棋AIのほうが強いです。
また、AlphaZeroの論文が発表されて以降、日本の開発者はそのアイデアを積極的に取り込んでいて、膨大な計算資源なしにAlphaZeroと同等の性能を達成できるようになってきました。
将棋や囲碁のAI開発でGoogleに太刀打ちできないと思わないのは、基本的にそれらAIを強くするのは結局のところ細かいチューニングや今までに築き上げられてきた数多くの知見によるところが多いからです。そもそもAlphaZeroの一番の主張は二人完全情報ゲームであれば、同じアルゴリズムの枠組みで解けるということでしょうし、もとより最強の将棋AIを作るということに主眼はない気がします。もっと言えば、DeepMindなどがこれ以上将棋AIの開発に入ってくることはないと思います。将棋や囲碁のAIはすでに解決した課題であり、彼らには(研究の題材としての)魅力はないはずです。
棋士はAIソフトから何を学んでいるのか
桐原 AIソフトを活用した将棋研究というのは、実際にはどんなふうに行われるのでしょうか。
谷合 将棋の研究というのは、序盤と中終盤で分かれていて、序盤は局面の分布がそれほど広くないので、AIで予習することができます。極端なことを言えば、AIの示す手を覚えたり評価値を覚えたりというだけでもだいぶ勉強になります。同じような局面が出てきたときに使えるわけです。いかにAIの示す手を論理的に自分のなかに取り入れられるかがポイントになります。
桐原 なるほど。教師あり学習の逆バージョンというか(笑)
谷合 まあまあそんな感じです(笑) 中終盤になると、同じ局面が現れるということは滅多にないので、私の場合は自分の指した将棋をAIに解析させて、フィードバックをもらうことによって、学んでいます。
桐原 AIのフィードバックというのはどんなかたちになるのですか。
谷合 だいたい+2000から-2000の間で示される評価値と呼ばれる形勢を表す点数を見て、自身の形勢判断とのギャップを埋めたり、将棋AIが最善として指し示す手の意味を深く考えたりします。
桐原 AIの進化とプロの将棋における戦略みたいなものは、如実にリンクしているようにも見えますが、今後はどうなっていくとお考えですか。
谷合 トップ棋士の将棋を見ていると、AIが好むかたちをトップ棋士たちも好んで指している印象があります。その辺はAIの影響を受けているなと感じます。
桐原 AIが好むかたちというか、トレンドみたいなものがあるのですね。
谷合 今のAIは居飛車タイプだと評価値を高めに出す傾向がありまして、私のような振り飛車タイプだとどうしても評価が下がるきらいがあります。だからといって、自分のスタイルを変える必要は感じてはいません。