半導体から読み解く現代テクノロジー入門
第4回:半導体が国家の命運を握る──TSMCと地政学リスクの現在地

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Author 伊藤 要介
IT批評編集部

米中対立と輸出規制の背景

半導体が「戦略物資」として注目されるようになった背景には、技術革新だけでは語りきれない、より根深い事情があります。とりわけアメリカと中国の関係は、経済、軍事、そして科学技術のすべての領域で緊張を孕み、その焦点のひとつが、半導体です。

2020年以降、アメリカは中国による先端技術の獲得を抑え込むため、輸出管理規則の強化を進めてきました。Huaweiへの規制は、その象徴的な一例です。チップ供給を絶たれたことで、同社のスマートフォン事業は大きく後退しました。その後も、AIや量子、スーパーコンピューティングといった分野に関わる中国企業が次々と取引制限の対象になっていきます。

アメリカがなぜ、これほどまでに慎重になるのか。背景には、AIによる監視システムや自律型兵器、量子通信といった現代の戦略技術が、最先端の半導体によって支えられているという事実があります。もしその技術が中国の手に渡れば、アメリカが築いてきた優位性が揺らぐ──そんな懸念が、政策の根底にあるのかもしれません。

この動きは、アメリカ国内だけで完結するものではありません。TSMC(台湾)やASML(オランダ)、日本の製造装置メーカーなどにも、対中輸出を制限するよう働きかけが行われてきました。2022年には、7nm以下のプロセスに関連する技術や装置、人材の中国向け提供を原則禁止とする措置が発表され、先端製造の封じ込めが進んでいます。

そして2024年以降、こうした流れはいっそう強まっています。政権の方針もあって、対中政策は厳しさを増し、関税や補助金政策の見直しも含め、同盟国への「同調」がより明確に求められるようになりました。日本や韓国、オランダといった国々も、少しずつその枠組みに組み込まれていきます。

一方、中国も黙ってはいません。「中国製造2025」を軸に、SMICやYMTCといった企業への支援を強化し、設計から製造、素材や装置にいたるまで、内製化を急ピッチで進めています。大学や研究機関との連携も進み、長期的な技術自立を見据えた体制が整えられつつあります。

こうした両国の動きのなかで、アメリカは日本・台湾・韓国との間で「チップ4」と呼ばれる枠組みを進めています。これは技術協力であると同時に、経済安全保障を軸とした連携の一環であり、中国やロシアを意識した供給網の再編とも受け取られています。

背景には、パンデミックやウクライナ侵攻、さらにはイスラエルとイランの対立といった、国際的不安定さもあります。技術の確保が、いまや“国家を守る”という観点で語られるようになってきた──そうした時代の空気が、半導体をめぐる力学を一層複雑にしています。

かつては「自由貿易の象徴」だった半導体。しかし今では、経済安全保障の前線に立たされています。設計、製造、装置、素材──そのどの層においても、“開く”か“閉じる”かが問い直される時代。米中の対立は、そうした構造的な変化の中で、静かに、しかし確実に、深まっているのです。

経済安全保障と戦略物資としての半導体

かつて、半導体は自由貿易の象徴とされていました。国をまたぐ分業体制のもと、設計、製造、組立といった工程が連携し、効率と革新を両立させてきたのです。けれども近年、地政学リスクが表面化し、半導体の戦略的な価値が高まるにつれて、状況は大きく変わってきました。いまや半導体は、国家の安全保障に直結する“戦略物資”として再定義されつつあります。

戦略物資とは、平時には経済の競争力を支え、非常時には国の命運を左右するもの。かつては石油や小麦、レアアースなどがその代表でしたが、いまでは最先端の半導体が、それらと並ぶ存在となりつつあります。

理由はシンプルです。現代社会のインフラや産業のほとんどが、半導体を前提として設計されているからです。軍事分野で言えば、ミサイル誘導、戦闘機のレーダー、無人兵器などがそうです。民間では、スマートグリッドや5G通信、衛星測位、電子決済、医療機器まで、生活のあらゆるレイヤーに組み込まれています。

つまり、半導体は単なる“部品”ではありません。それは、国家や社会の神経系そのものとも言える存在です。だからこそ、各国は「他国に頼らず、自国内で確保できる体制」を築こうと、動き始めているのです。

そうした動きは、各地で具体化しています。アメリカはCHIPS法を成立させ、TSMCやインテル、マイクロンといった企業に巨額の補助金を出し、国内生産を推し進めています。日本では、政府主導でラピダス(Rapidus)という新会社が立ち上がり、2030年までに2nmプロセスの国産化を目指しています。キオクシアやルネサスなど既存企業への支援策も広がり、素材や装置を含めた供給基盤の再構築が進んでいます。

EUもまた、European Chips Actのもとで、域内の製造比率を高め、輸入依存の解消を急いでいます。中国は「中国製造2025」の戦略に基づき、国家主導の巨額投資で自国完結型のサプライチェーンを整えようとしています。いずれも、「技術競争」というよりは、「供給が止まったときのリスク」に備える意味合いが強くなってきています。

  • アメリカ:CHIPS法によりTSMCやインテルを誘致し、巨額の補助金で国内製造を強化/li>
  • 中国:「中国製造2025」に基づき、設計から製造までの自立を国家目標に設定
  • 日本:Rapidusの立ち上げをはじめ、既存企業や素材・装置メーカーへの支援を拡充
  • EU:European Chips Actにより、域内の製造能力と技術基盤の強化を目指す

こうした政策の方向転換は、半導体をめぐる価値観が、「効率」から「安定性」へと大きくシフトしていることを示しています。とりわけ、「チップ4(アメリカ・日本・台湾・韓国)」という連携構想は、経済安全保障の枠組みとして注目されています。

一方で、中国やロシアはこの流れを“封じ込め”と捉え、独自の技術圏と供給網の確立に力を注いでいます。半導体の流通構造そのものが、どの国とどう連携するか──政治的な立ち位置を示す“境界線”になりつつあるのです。

これから先、半導体をめぐる駆け引きは、さらに激しさを増していくでしょう。そして、その先にあるのが、シリコンに代わる新しい技術基盤。いわゆる「ポスト・シリコン」の時代です。

  • 量子コンピューター:0と1の同時存在(量子ビット)を使った全く新しい演算原理/li>
  • 光コンピューティング(フォトニクス):電子ではなく光で情報処理を行う高速演算技術
  • スピントロニクス:電子の“スピン”という性質を利用した低消費電力の記憶・演算法

これらはいずれも、現行の半導体技術では到達が難しい性能や効率を実現しようとするものです。ただ、その実現には、現在の製造技術やインフラの延長上にある蓄積が欠かせません。

つまり、ポストシリコン時代とは、今ある技術の終わりではなく、そこから続く未来のはじまりでもあるのです。

次回は、量子、光、スピントロニクス──こうした新たな領域が、どのような原理で動作し、社会や知性にどんなインパクトを与えるのかについて、考えていきます。

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