半導体から読み解く現代テクノロジー入門
第1回:半導体とは何か?現代テクノロジーを支える“目に見えない心臓部”
ムーアの法則と微細化の歴史
トランジスタが“電子のスイッチ”として現代のすべての電子機器を支えていることを解説しましたが、トランジスタが「小さくなる」と、一体なにが起きるのでしょうか?
この問いに対して、ある一人の技術者が1965年に答えを出しました。それが、インテル創業者のひとり、ゴードン・ムーア(Gordon Moore)です。
彼が発表したのは、たった一つの観察でした。それは:
「集積回路に搭載できるトランジスタの数は、18〜24か月ごとに2倍になる」
この言葉は、後に「ムーアの法則(Moore’s Law)」と呼ばれ、半導体業界にとっては“進化の指針”として機能するようになります。しかも驚くべきことに、この法則は半世紀以上にわたって現実になり続けたのです。
トランジスタを小さくすることには、次の3つの決定的な利点があります:
- ① 高性能化:チップ内により多くのトランジスタを詰められる → より複雑な処理が可能に
- ② 省電力化:1つのトランジスタにかかる電力が減る → モバイルやIoTに最適
- ③ コスト削減:1枚のウエハーから取れるチップ数が増える → 製造コストが下がる
この“良いことづくめ”の流れによって、私たちは1990年代にインターネットを手に入れ、2000年代にポケットにスマートフォンを持ち、2020年代にはAIが生活に入り込む──という圧倒的な技術革新を享受してきたのです。
ムーアの法則に従って進化し続けてきた微細化の歴史は、まさに人類の「小さくすることへの執念」の結晶です。
- 1970年代:10μm(マイクロメートル)
- 1980年代:1μm
- 1990年代:0.35μm(350nm)
- 2000年代:90nm → 65nm
- 2010年代:22nm → 14nm → 7nm
- 2020年代:5nm → 3nm → 2nm(開発中)
このnm(ナノメートル)スケールは、人間の髪の毛の太さ(およそ7万nm)の1万分の1以下。もはや、電子の通り道を「原子レベルで彫刻している」に等しい精密さです。
しかし、この“微細化の物語”には限界が見え始めています。なぜなら:
- 熱の問題:小さくすればするほど、電流が生み出す熱密度が高くなる → 焼き切れるリスク
- トンネル効果:量子力学的に、電子が障壁を“すり抜けて”しまう → 意図しない漏電が発生
- コストの暴騰:先端プロセスは製造設備・開発費が天文学的に → 一部の企業しか作れない
こうして、ムーアの法則は2020年代に入り、現実的な制約と向き合うフェーズに入りました。実際、かつては2年ごとだった“微細化の節目”は、今や3年、4年、あるいはそれ以上かかるようになっています。
この物理と経済の限界に挑んでいるのが、EUV(Extreme Ultraviolet:極端紫外線)リソグラフィです。
この技術では、波長13.5nmという超短波長の光を使って、ナノスケールの回路をシリコン上に焼き付けます。従来の光よりも細かいパターンが描けるため、微細化の継続が可能になります。
しかし、この技術は:
- 光源をつくるだけで直径30mの設備が必要
- 真空状態での制御が必要(空気では光が吸収されてしまう)
- 製造できる企業が世界で唯一(ASML社:オランダ)
といった超ハードルの高い領域でもあります。ゆえにEUV技術は、今や“国家レベルの戦略技術”とされ、各国の地政学的リスクと結びついて語られるようになりました。
これまでの半導体進化は「トランジスタをどこまで小さくできるか」に賭けられてきました。しかし、原子サイズに迫る中で、シリコンという素材そのものにも限界が生まれてきています。
そこで登場するのが、「次世代素材」──炭化ケイ素(SiC)、窒化ガリウム(GaN)、さらには量子・光・スピントロニクスなど、新しい物理原理に基づいた素材たちなのです。
シリコンvs 次世代素材(GaNやSiCなど)
半世紀以上にわたって半導体の主役を担ってきた素材──それが「シリコン(Silicon)」です。地球上に豊富に存在し、加工がしやすく、技術とインフラが整っている。ゆえにコンピュータ、スマートフォン、テレビ、冷蔵庫、家電製品、ゲーム機まで、シリコンはあらゆるデバイスの中心に使われてきました。
しかし、ここにきて“主役交代”の兆しが見えてきています。理由は明快です──これまでの技術進化がシリコンの限界に到達しつつあるからです。
1つめの限界は、シリコンを使ったトランジスタの微細化で、物理的・量子的限界に近づいている点です。原子数個分のスケールでは、電子の振る舞いが制御困難になってくるのです。
2つめの限界として、シリコンはある程度の電圧や温度条件までは優秀ですが、電気自動車や再生可能エネルギーのように、1000V超の高電圧・高温領域では大きな損失や熱暴走のリスクを抱えるという点です。
そこでいま注目されているのが、「次世代半導体素材」としての炭化ケイ素(SiC)と窒化ガリウム(GaN)です。
炭化ケイ素(SiC)は、バンドギャップが約3.2eVと非常に大きく、1000V以上の高電圧でも熱損失が少なく、高温下でも安定して動作します。これにより:
- 電気自動車のインバータ
- 鉄道・産業用の高出力モーター制御
- 太陽光発電・風力発電の電力変換
といったパワー半導体分野で急速に採用が進んでいます。実際、テスラはすでにSiCベースのインバータをModel 3に搭載し、走行距離の向上と電力効率を達成しています。
窒化ガリウム(GaN)は、バンドギャップが約3.4eVとSiCよりもわずかに広く、しかも電子移動度が高いため「高速・高周波・小型化」に向いています。特に以下のような分野で活用が広がっています:
- 5G・6Gの通信基地局
- 高性能なACアダプタやUSB急速充電器
- 航空・宇宙向けの高周波レーダー機器
たとえば、最近のスマートフォン用充電器の多くがGaNベースになっており、「小型化しつつ急速充電」を実現しています。
ここで重要なのは、SiCやGaNが「シリコンを完全に置き換える」わけではないということです。あくまでシリコンが不得意とする高電圧・高温・高周波領域を補完・拡張する役割を担っているのです。
つまり、現代の半導体設計は「1つの素材で全てをまかなう時代」から、「複数素材による適材適所の時代」へとシフトしているのです。
このように次世代素材は、技術的に重要なだけでなく、経済安全保障や産業戦略にも直結しています。実際、
- 米中貿易摩擦ではGaN・SiC素材の輸出管理が強化
- 日本でも経産省がSiC・GaNを重要戦略物資に指定
- 欧州ではサプライチェーンの自立をめざして補助金政策が進行
こうした動きは、単に技術的な競争を超えて、“素材を制する者が産業を制する”という地政学的リアリズムを表しています。
半導体とは単なる“部品”ではなく、社会の進化そのものをかたちづくる素材です。素材の特性がテクノロジーの可能性を決め、設計思想が産業構造を変え、国家戦略が未来の暮らしを左右することに繋がります。
私たちが使っているスマートフォン、電気自動車、クラウドAI、再生可能エネルギー──そのすべての基盤には、実は“目に見えない小さな素材”が働いています。半導体とは単なる部品ではなく、テクノロジーの「司令塔」であり、社会の「動力源」であり、未来の「方向性」を決める羅針盤でもあります。
今回は、半導体の基本的な仕組みと役割、素材による性能の違い、微細化の歴史、そして次世代素材の登場までを見てきました。半導体は単なる工業素材ではなく、物理、材料、製造、地政学、経済が交差する、極めて複雑でダイナミックな存在です。
次回は「情報とはどう処理されているのか?」という、デジタル社会をかたちづくる最重要テーマに迫ります。