複雑な世界を複雑なまま生きる──PLURALITYとなめらかな社会
第5回 「分人」と「多元性」による民主主義の再設計
『PLURALITY』と思想的に響き合う鈴木健の『なめらかな社会とその敵』は、分人という新たな単位で社会を捉え、多様性と柔軟性を前提にした民主主義の可能性を示す。固定化された選挙制度を乗り越える新たな社会設計のヒントがここにある。
目次
なめらかな社会
『PLURALITY』は著者のひとりが台湾人のオードリー・タンということもあり、日本の状況にも目配せがある。参議院選挙で当選した「チームみらい」の党首で、AIエンジニアの安野貴博氏の都知事選での活動も紹介されている。安野氏はAIやデジタル技術の本格活用、双方向コミュニケーション、高い透明性など、他候補と一線を画す新しい選挙活動スタイルなど、台湾での動きに連動する活動をみせ、都知事選では他に大きな話題──既存の権威vs.イデオロギーvs.キャラクターという、ある意味で象徴的な三つ巴の様相だった──をさらわれるなかでも見事に154,638票を獲得して5位に入った。
『PLURALITY』では、オードリー・タンが影響を受けた思想家として柄谷行人にも触れられている。NAMというかつて柄谷が主導した社会活動と、その根幹となった交換様式A、B、C、Dという概念について言及される。PLURALITYの源流にこうした日本での動きがあったことが明示される。交換様式A、B、C、Dは、柄谷の集大成である『世界史の構造』(岩波書店)の思想背景になっているもので、経済活動をA(互酬)、B(服従・保護)、C(商品交換)、D(Aの高次元での回復)という4つの交換様式にわけて、資本主義、国家、宗教、未来について論じた。『世界史の構造』は世界でも高い評価を得ている。
さて、しかし。安野氏、柄谷以上に『PLURALITY』に重要な影響を与えたのは、本書日本版の解説も書いているエンジニアで研究者である鈴木健の『なめらかな社会とその敵――PICSY・分人民主主義・構成的社会契約論』(勁草書房)である。このカール・ポパーの『開かれた社会とその敵』上1-2巻・下1−2巻(岩波文庫)によく似たタイトルの書籍が出たのは10年以上前、2013年のことだ。
この『なめらかな社会とその敵』こそ、『PLURALITY』と思想的に通底し、実践的な手法までを議論のみならずシミュレーションした先行事例である。社会実装にまでこぎつけたのが台湾のg0vをもって嚆矢とするにしても、『なめらかな社会とその敵』の射程の広さと思想的な深みは、『PLURALITY』を読んだ後でも、それを凌駕しているとわたしには感じられる。
文庫版で追加された「なめらかな社会への断章」のなかで、次のように語る点に、鈴木の意図は集約されている。
この複雑な世界を複雑なまま生きることはいかにして可能か、世界観と身体的現象をひとつに結び付けること
PLURALITY 対立を創造に変える、協働テクノロジーと民主主義の未来
オードリー・タン, E・グレン・ワイル (著)
山形浩生 (翻訳)
ライツ社
柄谷 行人 (著)
岩波書店
なめらかな社会とその敵 ――PICSY・分人民主主義・構成的社会契約論
鈴木 健 (著)
筑摩書房
カール・ポパー (著)
小河原 誠 (翻訳)
岩波書店
多様で流動的な意思決定を可能にする分人民主主義
この本では、分断や固定された権力構造から脱し、多様で柔軟につながる「なめらかな社会」をつくるために生物学、宗教、数理モデル、社会科学まで駆使して縦横無尽に参照し論じられる。この点も『PLURALITY』と同じだ。
鈴木は、「膜」「核」「網」の3つのレイヤーで社会の分断を読み解き、分断を均す手掛かりとする。
「膜」は社会や個人が内と外を隔てて資源や情報を囲い込む境界、「核」はその膜で守られた内部にあって権力や意思決定が集中する中心、「網」はこれらの境界や中心を超えて情報や関係性が自由に流れるネットワークであり、3つのレイヤーはそれぞれ区切り・集約・連携という役割を持ちながら、社会の分断や閉鎖を解消し多様で柔軟なつながりをもつ「なめらかな社会」の実現をめざす枠組みなのだ。
そのうえで鈴木は、副題にもなっている3つの領域、すなわちPICSY、分人民主主義、構成的社会契約論のそれぞれで、複雑な世界が複雑なまま共存できる分断なき「なめらかな社会」の実現を志向している。
PICSYは価値や資源がネットワークのなかで動的に分配・流通し、中央集権や資本の固定化を防ぐ新しい貨幣システムである。
分人民主主義は個人よりも細かな「分人」単位で意見表明や委任ができる民主主義の仕組みを採用することで、多様で流動的な意思決定を可能にする。
構成的社会契約論は社会のルールや契約が時代とともに柔軟にアップデートされ多様な価値観を包摂する仕組みの再設計を目指している。
このうち、分人民主主義は『PLURALITY』でいうQVという投票方式に通じるものだ。分人とは、従来の「1つに統一された個人」ではなく、人が状況や関係性によって多様な側面に分かれ、それぞれが独立した「部分的な自己」として存在するという考え方だ。
つまり、私たちは家族や友人、職場などの異なるネットワークごとに異なる分人を持ち、それらが流動的に重なりあうことで個人の全体像としている。分人民主主義は、政治や社会の意思決定においても単一の個人としてではなく、多様な分人単位での参加や委任を可能にし、より柔軟で多元的な民主主義の実現を目指す概念だ。
この分人が重要なのはいうまでもなく、本稿の最初でとりあげた、有権者の投票がイシューやキャラクターやイデオロギーに集約せざるを得ない、現状の選挙制度自体に対するひとつの対応策を示している。
人間の内面に存在する多様な側面に即した分人ごとに意見表明や委任を可能にする。これにより、個人はみずからの関与したいテーマやコミュニティごとに異なる判断を下すことができ、従来型の画一的な代表制に比べて、現代の複雑性に対応しうる多様な価値観や立場がよりきめ細やかに社会に反映される新しい民主主義モデルとされる。
構成的社会契約論も変化の激しい時代状況のなかでより柔軟に社会に存在する方法であり、現在の分断を生み出す静的でフレームではなく、動的で変化対応しうるフレームとしての社会設計であり、いまわたしたちが迎えようとしている新しい時代に、社会の本質的な部分をハッキングする考えであり、わたしはその実現に期待しないでいられない。
最後に述べておきたいのは『PLURALITY』も『なめらかな社会とその敵』も、どちらも仏教や道教の思想を引用している点だ。それは単に著者たちがアジア人であることだけが理由ではない。
ユダヤ=キリスト教が現在の社会や科学を含む思想の基盤になっていることは疑いを容れない。そして、それはハラリが言うように幻想を世界中に染み込ませている。
ユダヤ=キリスト教的な背景がますます強調されるなか、哲学者マルクス・ガブリエルも『時間・自己・幻想 東洋哲学と新実在論の出会い』(大野和基インタビュー・編/月谷真紀訳/PHP新書)で東洋思想と西洋思想の統合を目指すと明確に語る。
「西洋思想と東洋思想の大きな違いは、西洋思想が不変のものを探求している点だと思います。」、「他方、日本人が問うのは『変わらないものが存在するという幻想はなぜ生じるのか』です。」と述べたことに注目している。
この部分は、静的で固定的で単一的な西洋に対し、動的で流動的で多元的な東洋という言い換えも可能ではないだろうか。
わたしたちはデジタルの力を借りながら、世界を捉え直そうとしている。そうしたテクノロジーのあり方は、この記事で何度か引いた香港の哲学者ユク・ホイの「宇宙技芸」との親和も感じている。
またしてもとりとめがなくなりつつある。筆をおきたい。
マルクス・ガブリエル (著)
大野 和基, 月谷 真紀 (翻訳)
PHP研究所




