慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科准教授 標葉隆馬氏に聞く
第5回 拡張される身体と社会―ムーンショット時代の倫理とガバナンス
身体や認知を拡張するアバター技術や36時間先を見通す洪水予測、そして科学技術政策――標葉氏は科学技術が社会実装されるなかで生じるズレや摩擦をELSIとRRIの視点から先取りし、あるべき道を示す。未来像を描き、期待と実像のギャップを埋め、倫理的デザインを描くインタビュー最終回。
取材:2025年12月1日 慶應義塾大学日吉キャンパス標葉研究室
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標葉隆馬(しねは・りゅうま) 慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科・准教授。京都大学農学部応用生命科学科卒業、京都大学大学院生命科学研究科博士課程修了、博士(生命科学)。総合研究大学院大学助教、成城大学准教授、大阪大学准教授を経て、現職。先端科学技術をめぐるELSI(Ethical, Legal and Social Issues:倫理的・法的・社会的課題)の分析、メディア分析、コミュニケーションデザイン、政策分析などを組み合わせながらRRI(Responsible Research and Innovation: 責任ある研究・イノベーション)の視点を踏まえた科学技術ガバナンスに関わる研究を進行中。主著『責任ある科学技術ガバナンス概論』(ナカニシヤ出版 2020)。 |
目次
未来の現実を倫理的にデザインする
都築 正明(IT批評編集部、以下―) 先生がいま取り組まれているほかの研究について、代表的なものを教えてください。
標葉 隆馬氏(以下、標葉) 今年始スタートしたプロジェクトとして、科学技術振興機構ムーンショット型研究開発事業の目標1「2050年までに、人が身体、脳、空間、時間の制約から解放された社会を実現」の研究開発プロジェクト「身体的共創を生み出すサイバネティック・アバター技術と社会基盤の開発」(https://cybernetic-being.org)で、フィジカルなロボットアバターやバーチャルな3Dアバターを運用することで個人の身体能力や認知能力、知覚能力を拡張する計画の課題がどこにあるのかを研究しています。また、同じくムーンショット型研究の目標9「2050年までに、こころの安らぎや活力を増大することで、精神的に豊かで躍動的な社会を実現」で「子ども・若者の虐待・抑うつ・自殺ゼロ化社会」というバイオマーカーを活用した子どもの高ストレス状況への予防・介入に関する研究にも携わっています。
―ELSI的な課題ということでしょうか。
標葉 はい、技術開発が進んだうえでのELSI的な課題がなにかということを研究を進めています。基本的には既存領域の持つ課題の組み合わせになるんだろうと思っています。例えば目標1のCynernetic Beingプロジェクトでは、ヒューマン・ロボット・インタラクションや、バーチャルリアリティとメタバース、また四肢を強化したり増やしたりするエグゾスケルトン(外骨格)技術や、遠隔操作ロボットなどのテレプレゼンスロボットなど、すでにある技術領域で指摘されてきた問題の掛け算や足し算掛け算で出てくるだろうと想定しています。また国境を超えた労働に関わる問題なども新しい課題として出てきますから、そうした事柄も併せて検討することが必要だと考えつつ進めています。
―ほかにもありますか。
標葉 災害関連で、洪水の予測技術プロジェクトに参画しています。いまは6時間程度前までの予報が限界ですが、これを36時間前まで伸ばす挑戦的な研究に東京大学のチームが中心になって行っています。私は長時間予測が実現した時の社会がどうなるかという社会ビジョン形成や、どのような問題が起きうるのかをバックキャスティングで可視化し言語化して、そのELSIをいまから対応を考えていくプロジェクトをしています。質問紙調査なども実施しており、先日データが取れたばかりなのですが、研究者側が考える懸念点や勘所といったものと、一般の方々のやはり勘所や期待感がズレを解析しています。期待と懸念のズレを放置しておくとガバナンス的に問題ですし、コミュニケーション上の問題にもなるので、その齟齬を可視化しつつギャップを埋めていく作業を今後していきます。
―政策課題について新しいものはありますか。
標葉 科学政策や研究評価のプロジェクトは継続していますので、第7期科学技術・イノベーション基本計画が来年度からスタートするにあたって、いまどのような問題があるのかを提言しています。現在は発出に向けた議論が進んでいるのですが、議論にどのような課題があるのかをリアルタイムで検証しているところです。たとえば大学においては運営費交付金を10%ぐらい増やそうということを、自民党のイノベーション部会が中間提言で出してくださっています。11月末には、首相が補正予算において基礎研究に対する投資の大幅拡充を検討するよう指示したり、戦略分野でのチャレンジを促す「戦略技術領域型」や産学連携を後押しする「大学拠点強化型」の研究開発税制強化を求めたりしています。増やすのはもちろんとてもよいのですが、問題はむしろその配分の仕方にあります。増えた分の運営費がパフォーマンスメジャメントの方式で成果に連動するのか、幅広く分配されるのかによって意味合いが変わってきます。分配の仕方がどう想定されているのか/いくのかという課題があります。それによって大学運営が変わってきたり、科学政策上でなにを優先すべき課題とするのかが問題になったりしますので、そうしたことをリアルタイムで追いかけています。
今後の科学技術の課題はなにか
―今後の科学研究の課題はありますか。
標葉 さきほど戦前・戦中の八木先生や仁科先生を例にひきましたが、そのよしあしは別として、いま同じように本音と建前の振り分けをできる研究者はどのくらいいるのだろうかという疑問が素朴に湧いてきます。ただし、いまは国内だけでなく世界をみなければなりませんから、建前と技術のほかに実体を合わせて3つを揃えなければなりません。世界各国はその三者を揃える競争をしていますが、日本がどの面でも後塵を拝している問題が大きいのだと思います。まず人文・社会系を含めて建前をきちんとつくらなければなりませんが、国際的に打って出る人が少ない状況で、どこでも負けつつつあるのがいまの状況ではないかという危機感を抱いています。マックス・ウェーバーは『職業としての学問』において学問に対する姿勢を、事実を探求する“ザッヘ(Sache)”と使命としての“ベルーフ(Beruf)”の2つに分けて論じています。学問が大衆化する社会では両者が重なっていきます。しかしながら、その両者の使い分けができない人が多いという気がしています。ザッヘとベルフを意識的に使い分ける、あるいはいっしょのものとして扱える新しいタイプの高度職業人が重要になってくるのだと思いますが、いままでそのような人の育てかたの体系というものが足りていなかったのではないでしょうか。ザッヘは職業訓練教育になっていますし、ベルフは象牙の塔に閉じた教育をしてしまっていました。これからは、両方を教えることが重要になると思います。
桐原永叔(IT批評編集長、以下桐原) 日本はそうしたセクショナリズムが強いように思えます。理研と京都大学も陸軍と海軍とに分かれていましたし、標準化が苦手だということは戦前からずっと続いている気がします。大局観に欠けるというのか。
標葉 それはありますね。官公庁も依然としてセクショナリズムが強いと思いますし。そうすると、いまのルーチンを成立させるザッヘが重要になってベルフの話ができず建前がつくれない。一方で、建前をつくれば技術や日々の実践が追いつかない/伴わないということになってしまいます。ですから両方ができる職業人のありかたに帰着するのではないかと思います。
桐原 使命といわれると、理念というかイデオロギーというか、そこに宗教があるかどうかというのも大きな違いに感じます。
標葉 ウェーバーの議論もキリスト教を前提にしていますから、文化的に異なる面はあるかもしれません。一方、学術会議の仕事で最近パキスタンに行ったのですが、現地の研究者はどんどん外に打って出よう、アピールしようとやっています(当たり前ですが、インドをとても意識していました)。また一昨年は南アフリカに行きましたが、やはりグローバルノースの轍を踏まないように進めていきたいと言っていました。そこで生じるポリティクスは、ザッヘもベルフもひっくるめて、今と過去を乗り越えていくための議論になっているなと感じました。それなりの人口規模を持っている新興国は、ザッへ的な成果とともに、重厚な理論武装をもとに建前も大事につくっています。パキスタンはインドと軍事衝突を繰り返してきましたし、南アメリカにはグローバル競争のなかで低迷してきた歴史があります。そういった経験の土台があったうえで、いまのフェーズで勝負をかけようとしています。
―イデオロギーではないナショナリズムがあるということですね。
標葉 日本には、1970年代後半までは戦後の焼け跡から立ちなおる、ますます発展していくという共通目標や共通の理解のようなものがあったと思うのですが、それがなくなった後に依って立つ経験がありません。共通のナラティブや“大きな物語”がないというのは、大きなハンディキャップなのではないかと思います。
―“Japan is back”と言ったところで、どこに帰るのかがわからないという……。
標葉 氷河期世代がはじまった世代が50代半ばで、私なんかもその最後の世代です。経済が右肩上がりだった時代を過ごした世代はシニアになっています。60代以上の先生たちと話していても、そこは意見が合いません。そもそも沈んでいく姿、シュリンクしていく姿しか見ていない。
―“Make America Great Again(MAGA)”も、アメリカ覇権時代に大金持ちだったドナルド・トランプのような人が言っているから支持されるのでしょうね。
標葉 MAGAの支持層は、少なくとも2つはあるのだと思います。グレートだった以前のアメリカを覚えている世代と、それを知らないけれど鬱屈としていて、とにかく現状が変わってほしいと思っている若い層ですね。日本で同じことをしようとすると、バブル世代と鬱屈した若年世代の“悪魔合体”以外に動きようがない気がします。私たちより下の世代は“失われた30年”のなかで物心がついていますから、大きな機会損失の喪失感を持っていません。そもそも機会があるとすら思っていないような。しかしながら、少し世代が変わって、いまの30代の研究者と話していても、業績についての感覚が違います。私たちから少し上の世代までは、とにかくペーパーを書かなければ次がないというスタイルを血肉化していますが、若い世代はどこか落ち着いていて、そこまであくせくしていない人も多い印象を持っています。そして、結果としてなんとかなっている人もそれなりにいます。そして、おそらくそれが正しいのかもしれません。
―そうした世代的断絶が前面化しないためにも、ベルーフが必要ですね。
標葉 科学技術におけるELSIやRRI(Responsible Research and Innovation: 責任ある研究・イノベーション)だけでなく、“声の地層”や災害においても、断層が生じると大変なことになりますから。SNSのような孤独の坩堝だけでないナラティブを紡いでいくためにも、よい仕事をしていきたいと考えています。<了>
