サイバー空間という闘争領域とその拡大
慶應義塾大学SFC研究所 上席所員 小宮山 功一朗氏に聞く(1)

2022 年 2 月 24 日、ロシアがウクライナに侵攻し、首都キーウを包囲したことに端を発するロシア・ウクライナ戦争。日々変化する戦況とともに、武力とサイバー攻撃を組み合わせたハイブリッド戦争の実例としても大きく報じられた。サイバー空間での争いについて、世界の現状と今後のありようについて、慶應義塾大学SFC研究所 上席所員 小宮山 功一朗氏に聞いた。

小宮山 功一朗(こみやま こういちろう)
慶應義塾大学SFC研究所 上席所員。1978年長野県上田市生まれ。青山学院大学経営学部を卒業後、外資系 IT ベンダーを経て、一般社団法人JPCERTコーディネーションセンターにて国際的なサイバーセキュリティインシデントへの対応業務にあたる。FIRST.Org理事(2014-2018)、跡見学園女子大学講師、サイバースペースの安定性に関するグローバル委員会のワーキンググループ副チェアなどを務める。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科後期博士課程修了。博士(政策・メディア)。
目次
- サイバー空間という「見えない戦場」
- 当事者国の背後にどれだけサイバー攻撃能力のある国家の戦いがあるか
- 塗り替わるサイバー時代の世界勢力図
- プライバシーと安全保障の二律背反
- 日本ほどインターネットの規制に国家権力が抑制的な国はない
サイバー空間という「見えない戦場」
都築正明(以下――)今回のロシアによる第2次ウクライナ侵攻では、2 月にロシアよりウクライナの主要機関に「ワイパー」という強力なウィルスが用いられ、その直後に物理的な軍事侵攻が行われたことが報じられています。この「ワイパー」というのは、どのようなウイルスですか。
小宮山功一朗氏(以下、小宮山) ワイパーはウイルスの一種で、感染後にディスク上のデータを消去して、起動できなくするという特徴があります。過去には、北朝鮮により韓国マスメディアや金融機関、またサウジアラビアの石油会社への攻撃に使用されたことがあります。技術的に特筆すべき点はありませんが、攻撃されたということは明らかになりますので、ロシア側には攻撃そのものを隠す意図が薄かった、ということがわかります。
今回の戦争は、武力とサイバー攻撃とを組み合わせた「ハイブリッド戦争」としても大きな注目を集めています。
小宮山 サイバー空間という視点からは、現在のロシアとウクライナは、それほど高いサイバー攻撃能力を持たない 2 国です。ウクライナは高い IT 技術を持つ国ではありますが、その規模や能力的にはアメリカや中国はもちろんのこと、イギリスや日本、オーストラリアにも及びません。また、ロシアのサイバー戦能力については、大きく報道されているようですが、かなり過大評価がなされていると感じます。
多くの人にとっては、いまだに冷戦時代の旧ソ連のイメージが強い、ということでしょうか。GDP は現在 11 位にまで後退していますが。
小宮山 過去の戦争をもとに安全保障を考える立場の方々には、ロシアの攻撃能力を大きく見積もる傾向がありますが、サイバー攻撃能力という点ではそれほどでもありません。現在のロシアの国としての強みは核を保有していることや、広い国土や多くの人口を擁していることですが、サイバー空間での攻撃能力においては、国土の広さや人数の多さというのは、あまり重要な変数ではありません。ロシアは自国で半導体を生産する能力も低いですし、海底ケーブルこそウラジオストックに敷かれているものの、データセンターなどの、サイバー戦闘能力に直結する IT インフラをさほど持っていません。ロシアには優秀な技術者は多く育っていますが、その多くは海外で活躍していて、ロシアの国内にはほとんど残っていません。