『AIバブルの不都合な真実』著者・クロサカタツヤ氏に聞く
第4回 フィジカルAI時代の日本の勝ち筋

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聞き手 桐原 永叔
IT批評編集長

日本企業がグローバルAI競争で不利とされるなか、真の強みは「製造プロセス×ロボティクス」にある。クロサカ氏は、物理法則を理解し、ハイパフォーマンスコンピューティングと組み合わせたフィジカルAI領域では、日本の製造業データとロボティクス技術が大きな価値を生むと説く。

取材:2025年11月7日 オンラインで

 

クロサカタツヤ

株式会社 企(くわだて)代表取締役、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特任准教授。1975年生まれ。慶應義塾大学・大学院(政策・メディア研究科)修士課程修了。三菱総合研究所を経て、2008年に株式会社企を設立。通信・放送セクターの経営戦略や事業開発などのコンサルティングを行うほか、総務省、経済産業省、OECD(経済協力開発機構)などの政府委員を務め、政策立案を支援。2016年から慶應義塾大学大学院特任准教授、2024年からジョージタウン大学客員研究員を兼務。著書に『5Gでビジネスはどう変わるのか』(日経BP)、『AIバブルの不都合な真実』(日経BP)。その他連載・講演等多数。

 

目次

日本が強みを持つのは “製造プロセス×ロボティクス”領域

第4次AIブームは“物理法則を理解するAI”へ

 

日本が強みを持つのは “製造プロセス×ロボティクス”領域

日本のAIや先端テクノロジーをやっている企業の戦い方について少し伺いたいなと思います。グローバルテックが、パラメーター競争をやって巨大化していくことによって、市場で寡占的に信頼感を得ている。インターネットのサービスと同様で、みんなが使っているからネットワーク効果が発生して利便性が上がるし安心感も得られるということなんでしょうか。

クロサカ LLMに関して言うと、データ量です。特にスケーリングの可能性が見えた今、データエコシステムを持っているかどうかが当面の雌雄を分けるポイントですね。

そういう点で言うと、ユーザーが多いほど利便性も機能も上がっていくということですよね。

クロサカ 原則はそうですね。それを活かせるか、という次の問題はありつつ。

そうすると、日本企業は相変わらず不利な状況が続くということでしょうか。

クロサカ コンシューマー向けのAIだとそうなりますね。ただし、本当にコンシューマーがそこまでAIを使うんですかという話もあるんですよ。いまわれわれは、目新しさで飛びついていて、なおかつ自然言語でできるんで遊んでいますけれど、LLMを本気で仕事で使う必要がある人ってどれぐらいいますかという話です。ChatGPTの最上位サービスは月に300ドルかかりますから日本円にすると4万5000円です。

結構な額です。

クロサカ 従業員が10万人いる会社で、全員に月額300ドルで使ってくださいなんてありえないじゃないですか。これは実は冷静な話で、本当に必要ですかという問いが立てられる。人間の活動は言語だけでできているわけではないし、人間の仕事はホワイトカラーの不定形業務だけでできているわけでもない。われわれが本当にありがたみを感じるのは、むしろ、しっかりした製品だとかサービスであって、それを生み出す製造プロセスへの信頼が重要なんだと思います。本当に重要なのはロボティクスであったりオーケストレーション*1なんです。そして日本はそこが圧倒的に得意だから、アメリカではトヨタがこれだけ崇拝されているわけです。そう考えれば、わたしたちが進む道は自ずと見えてきます。

Sakana AI*2が言っているような、LLMではなくてSLM(小規模言語モデル)で小型のAIモデルをたくさんつくって、横連携して群知能で創発を起こしてイノベーションにつなげるというような、コンソーシアム的なプラットフォームを日本の国内でつくるという戦い方についてはどう思われますか。

クロサカ 目指すべき姿のひとつではあると思います。ただ、これってきわめて難易度が高いですよね。見果てぬ夢になる可能性が出てくるので、着地はどこかということをかなりドライに詰めないといけないと思います。日本版データエコシステムを唱える人はいっぱいいますが、わたしが言いたいのは、大事なのはサプライチェーンだということです。

水平で連携していくことですね。

クロサカ 日本人というか日本企業は、ピラミッドをつくるのは得意なんですけど、フラットなサプライチェーンをつくるのはそうでもない。企業自体が系列でできていますから。水平連携と言ったときに、じゃあ日本で完結して全部つくれるのか。これまでも中国に丸投げしてやってきたわけですから。そこでサプライチェーンをより柔軟かつ厳格に構築・維持できるよう、日本企業がもっとアップグレードさせていかないと、本当に日本は沈むと思うんです。

日本だけでエコシステムが完結するなんてあり得ないわけですね。

クロサカ トヨタや富士フイルムなど、グローバル企業として製造業でトップと言われているところは、サプライチェーン構築の厳しさを身に染みて感じているはずです。日本版AIエコシステムみたいな話も、彼らは現実を厳しく見るはずです。

 

第4次AIブームは“物理法則を理解するAI”へ

AIの進化のなかで、身体性やロボティクスに対する期待が繰り返し言われてきたわけですが、今回起きているロボティクスに対する期待は、これまでとはちがいがあるんですか。

クロサカ だいぶちがうと思います。そして、期待が高まってリアリティが上がってくればくるほど、機械学習(マシンラーニング)だけじゃないんだということが見えてくると思います。

どういうことですか。

クロサカ 機械学習は物理法則を「理解」できません。ジェンスン・フアンが2025年のCESでフィジカルAIについて言及したのは、機械学習の次のパラダイムを見据えるという宣言だと思います。どこに向かうかも明確になっていて、ハイパフォーマンスコンピューティング(HPC)との融合です。つまり、「富岳」の出番です。

なるほど。日本が誇るスーパーコンピュータですね。

クロサカ 富岳NEXTは、従来からのパートナーである富士通だけでなく、NVIDIAとも組みます。そこは日本もちゃんと布石が打てている。ホワイトカラーの適当なやっつけ仕事は、機械学習だけでもいい。でもそれにあなたの命を託せますかということです。4ケタの掛け算も怪しい、ハルシネーションたっぷりの現在の生成AIで動くような空飛ぶクルマに、本当に乗れますか、と。

確かにそうですね。第3次AIブームが終わらずに第4次AIブームが始まっているなんて言われていますが、このバブルが崩壊することによって、第3次のブームが終わるというイメージですか。

クロサカ 第3次AIブームは機械学習のブームなんです。そしてもう20年が経って、確実に使えること、効果があることは分かってきている。だから機械学習が死ぬということはないんですね。ただし、機械学習が発展してディープニューラルネットワークを構成し、そこからディフュージョンモデル*3をつくり、LLMが発展してきたという流れのなかで、これは不要だとか、これは失敗だという要素はあります。なので、機械学習以降の20年を超える積層のなかの着地点を探ることが、第3次AIブームの終焉にとともに出てくると思います。

AIバブルの後に目を向けるべきものというか、考えるヒントはどこにあるんだろうなと思っているんですが。

クロサカ これは2つあると思います。まず積層のなかで残る着地点をしっかりマークする。たとえばディープニューラルネットワークは必ず残ります。でも、ディフュージョンモデルは危ないかもしれない。LLMも、汎用性を追い求めたものよりも、場合によってはSLMだとか、あるいはVLMを含めたマルチモーダルの一部の方が残りやすいんじゃないかなと思っています。こんなふうに、何が残るのか、なぜ残るのか、どこに価値を提供するのかをまず考えることが大切です。

もう1つの方向性はどこでしょうか。

クロサカ 第4次AIブームが仮に来るとしたら、先ほど申し上げたハイパフォーマンスコンピューティング方向に進むフィジカルAIだと思います。これは機械学習の知見だけでは成立しない。そう考えると、これからのAIエンジニアは物理学を勉強してきたか、シミュレーションを構成できるかが問われてしまう。なぜなら、われわれの日常生活は非常に複雑な物理法則に支配されているからです。われわれは、物理の天才たちが組み上げてくれたから安心して飛行機に乗っているわけで、そこに依存しているわけですよね。そこをもっと効率化させてAIに代替させていくのが第4次AIブームだとすると、物理学をはじめとした数理科学という高度な基礎体力を鍛えましょうという話になってきます。

機械学習の時代にもっとも大事だったのがデータですが、次のフィジカルAIの時代になったときにも、相変わらずデータの資産性は変わらないですか。

クロサカ きわめて高いです。データがないとシミュレーションができないからです。

そういう意味で言うと、日本の国内にある製造業のデータは宝の山ではありますよね。

クロサカ 確実に宝の山であるのと同時に、まだ掘り出されてもいない原石でしかない。

そこは活路としては大きいですよね。

クロサカ はい。ただしAIが使えるようにデジタル化されていないと意味がないので、だからこそDXを進めないとダメなんです。(了)

*1 オーケストレーション:複数のシステム、アプリケーション、サービスを統合し、一連のタスクを「指揮者」のように統率・自動化することで、複雑なビジネスプロセスを円滑に実行する仕組み

*2 Sakana AI:研究者のデビッド・ハ(David Ha)、ライオン・ジョーンズ(Llion Jones)、および、外務官僚だった伊藤錬により設立されたAIベンチャー。創業から1年以内に企業価値が約11億ドルを超える見通しとなり、日本史上最速でのユニコーン達成と報じられた。

*3 ディフュージョンモデル:拡散モデルともいわる、画像や音声などのデータを生成するための深層学習モデルの一種。データにノイズを加えて完全にノイズの状態にした後、そのノイズを段階的に取り除く過程を学習することで、元のデータまたは全く新しいデータを生成する。高品質な画像を生成する技術として注目され、Stable Diffusionなどの画像生成AIサービスに利用されている。