アクセンチュア マネジング・ディレクター 巽直樹氏に聞く
第5回 「因果か相関か」エネルギー問題に必要な思考とは
気候変動対策としてのGX(グリーントランスフォーメーション)は、経済成長を阻害する「トレードオフ」の関係にあるのか。経済学の視点からこの問題に迫る。技術イノベーションへの期待、因果関係と相関関係の混同、そして比較優位と絶対優位の概念を交え、巽氏は複雑なエネルギー問題を多角的に分析することの重要性について強調する。

巽 直樹(たつみ なおき)
アクセンチュア ビジネスコンサルティング本部マネジング・ディレクター
中央大学法学部卒、東北大学大学院経済学研究科博士課程修了、博士(経営学)。東洋(現三菱UFG)信託銀行、東北電力、インソース執行役員、新日本(現EY新日本)監査法人エグゼクティブディレクター、KPMGコンサルティング プリンシパルなどを経て、現職。この間、学習院大学経済学部特別客員教授などを歴任。著書は『まるわかり電力デジタル革命 EvolutionPro』(日本電気協会新聞部)、『カーボンニュートラル もうひとつの“新しい日常”への挑戦』(日本経済新聞出版)、『ローカルグリーントランスフォーメーション』(エネルギーフォーラム)など多数。国際公共経済学会理事、立命館大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)客員教授なども務める。
目次
GX政策の推進と経済成長はトレードオフか?
IT批評編集長・桐原永叔(以下、──)先ほど、炭素税やCPなどの政策は、気候変動対策などの環境コストを企業活動の内部に取り込ませる「外部性の内部化」の典型であるとおっしゃっていましたが、このことによって経済成長が阻害される恐れはありませんか。
巽 直樹氏(以下、巽) エネルギー利用と気候変動問題は人為的CO2排出の問題から強い因果関係があると考えられていますが、科学的に「完全に決着している」と断定するには難しい状況にあり、世界中で先端科学者から反論や異論が提示されています(参考:Climate Intelligence)。したがって、そもそも人類はこれを内部化する必要性があるのかという根源的疑問も前提としてあります。この議論をいったん横に置いておいて、内部化ありきで考えてみましょう。外部性には、養蜂家と果樹園のようなWin-Winの関係になって相互利益をもたらす「正の外部性」と、環境汚染や受動喫煙などのように第三者へ不利益を与える「負の外部性」があります。NIMBY(Not In My Back Yard:私の裏庭にはやめてほしい)問題は「負の外部性」が引き起こす典型的事例として知られています。
気候変動問題は南北問題などで典型的な「負の外部性」ですね。
巽そうですね。この内部化は必然的にコストを増大させるため、経済成長との同時達成は原理的に困難です。従来からあるこの問題の解決には、コスト減につながる超絶画期的なレベルでの技術イノベーションが不可欠です。GX実現に向けてさまざまに検討されている技術、水素、アンモニア、CCSなどでは、いずれも商業化・コスト面で課題が多く、解決の見通しは立っていません。原子力は確立された技術なので、環境適合と経済成長の同時実現を叶える数少ない手段ですが、日本では大胆な推進が政治的に難しい状況にあります。よって、経済学的にある時点でスタティックに見るとトレードオフでしかありませんが、「モア・フロム・レス」の視点からすると、時間軸のなかで目的と手段を取り違えることがなければ、つまり経済成長と技術革新が先で、排出削減を最初の目的とせず、結果として副次的に享受すると考えるならば、ナローパスではあるものの可能性は残されていると考えています。
エネルギー問題について語るときに、常に技術革新への期待が含意されますが、実際に期待できるものはあるのでしょうか。
巽 さまざまな領域があることと、GXの範囲をどのように捉えるかにもよりますが、排出削減だけを目的としたテクノロジーに劇的なブレークスルーを期待するのは難しいと思います。再生可能エネルギーの世界で考えると、地熱などではまだ余地があるかもしれませんが、太陽光や風力などでは劇的なイノベーションは望みにくい。また、代替エネルギー分野では、そもそもエネルギー保存則などの物理法則を超えるイノベーションを期待することは現実的ではありません。仮に技術革新があったとしても、工業化や商業化を経て採算ベースに乗せることはさらに難しい。「ワット・ビット構想」のような複合的な要素では、今ある技術でイノベーションが進む可能性があります。また、核融合発電と量子コンピュータが実用化すれば、一気に状況が変わる可能性があります。ただ、時間軸としては諸説あり、短期間に実現するとも考えにくく、時期は不確定です。しかし、宇宙ロケットもそうですが、この辺りの夢は捨てるべきではないと思いますし、こうした領域にこそ国家戦略として大きな予算を当てるべきだと考えます。
比較優位と絶対優位
巽さんのお話や書かれたものを拝見して感じたことなんですが、メディアの議論が優先順位の付け方とか、因果関係の見方とか、目的と手段を取り違えたまま進みすぎてしまっていて、わかりやすいところだけ取りあげて国民が煽られているようです。
巽 データで見えるのは相関関係までで、因果関係まで明確に読み切るのは難しい。将来、AIがさらに進化してメタデータを大量に解析できるようになったら、その先が見えるかもしれませんが、現状では因果の説明は十分にできていないケースが多い。「因果関係と相関関係を混同していないか」と問いたくなる議論は少なくありません。経験則的に「相関関係がありそうだ」と結論づけてしまうのですが、その背後にある因果関係は十分に説明されていないことが、環境対策の議論ではしばしば見受けられます。
相関関係を因果関係にしてイシュー化してしまうことに意図があるのではなんて邪推してしまいます。
巽 エネルギー産業は時間軸や空間軸も桁違いに長大です。原子力なら立地選定から廃炉まで100年単位で考える必要がある。他の産業にはない特性です。その不確定性を経営するには、独裁的に卓越した天才に任せるか、コンセンサス型で誤りを修正できる体制にするのかの二択です。1人に任せて間違えられたら怖いですから、多くの場合は後者を採用しています。そして、この長期性ゆえに、相関と因果の区別が経営判断を左右します。
時間感覚がディーリングの世界とは真逆ですね。
巽 ディーラーの人って天下国家を語るのが好きであったり、地球上の政治経済事象のすべてを自分は知っているみたいな気になりがちですが、実際に見ているものなんて、ほんの断片でしかないのです。
巽さんは両方経験されているということですね。
巽 エネルギー分野において自由化や市場流動化が進められる中、公益事業としての性格を強く持っていた電力企業が、市場競争における短期的な成果を誇示する姿勢が果たして望ましいのかについては、なお慎重な検討が必要です。一方で、最適化のための調整は極めて重要です。余剰電力を不足している地域に融通するのは経済学の基本原理です。金融の場合は、それを市場の原理で究極にやっているだけのことです。エネルギーの場合はさまざまなボトルネックがあるために融通が容易でない場合があり、その究極を求めることが難しい業界であることを痛感しています。
そういえば、オードリー・タンが『PLURALITY 対立を創造に変える、協働テクノロジーと民主主義の未来』(サイボウズ式ブックス)のなかで、リカード1の議論を持ってきて、比較優位の話をしています。
巽 比較優位と絶対優位の違いを、その場で正確に説明できる人は意外に少ないです。絶対優位とは単純に「より効率的に生産できる」こと。一方、比較優位は「他の財と比べて相対的に機会費用が低い財に特化すべき」という考え方です。リカードの古典的な例では、イギリスは布に、ポルトガルはワインに比較優位を持ちます。たとえイギリスがワインをポルトガルより効率的に生産できても、布の方が相対的に得意なら布に専念し、ワインはポルトガルから輸入した方が双方の利益は拡大します。これが比較優位の核心です。今のトランプ政権の動きを見ていると、従来の比較優位に基づく自由貿易を後退させ、むしろアメリカが「絶対優位を持つ分野を保護・強化する」方向に傾いているように見えます。比較優位の理論は200年以上にわたり国際経済学の基礎であり、その妥当性は揺らいでいません。ただし、国家戦略や安全保障の観点が強く意識される場面では、理論を踏まえたうえで現実の力学をどうマネージするか、この両面を見られる思考が重要なのです。
学者さんの理論も正論ではあるのでしょうけれど、ある意味で信仰みたいに聞こえることがありますよね。
巽 そうですね、すべての方に当てはまらないとは思います。逆に自己都合だけで語る実務家を見ていると、「その発想が世の中を不幸にし、人を欺き、質の低いビジネスを蔓延させるのだ」と感じることがあります。だからこそ、理論と現実の双方を見据える姿勢が、自己中心的な思考を超克し、利他的な精神を涵養するのだと考えています。(了)
巽直樹 (著)
日本電気協会新聞部
巽直樹 (著)
日経BP
巽直樹 (著)
エネルギーフォーラム
オードリー・タン (著)
E・グレン・ワイル (著)
山形浩生 (翻訳)
ライツ社



