アクセンチュア マネジング・ディレクター 巽直樹氏に聞く
第1回 生成AI時代、エネルギーと経済成長から見る避けられない課題

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聞き手 桐原永叔
IT批評編集長

生成AIと大量の電力消費は切っても切れない関係にある。生成AIの時代はエネルギーについて考え直す契機となっている。瞬間ごとにダイナミックに市場を動かす金融業界から見えた世界から、まさに世界史的なスケールで産業全体を動かすエネルギー業界へ。2つの業界から得た巽直樹氏の視点には、生成AI時代の未来はどう映るのか?

巽 直樹(たつみ なおき)氏

巽 直樹(たつみ なおき)

アクセンチュア ビジネスコンサルティング本部マネジング・ディレクター

中央大学法学部卒、東北大学大学院経済学研究科博士課程修了、博士(経営学)。東洋(現三菱UFG)信託銀行、東北電力、インソース執行役員、新日本(現EY新日本)監査法人エグゼクティブディレクター、KPMGコンサルティング プリンシパルなどを経て、現職。この間、学習院大学経済学部特別客員教授などを歴任。著書は『まるわかり電力デジタル革命 EvolutionPro』(日本電気協会新聞部)、『カーボンニュートラル もうひとつの“新しい日常”への挑戦』(日本経済新聞出版)、『ローカルグリーントランスフォーメーション』(エネルギーフォーラム)など多数。国際公共経済学会理事、立命館大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)客員教授なども務める。

目次

地球上で起こっていることを全部見ないと気が済まない

IT批評編集長・桐原永叔(以下、──)巽さんは、もともとは金融の世界からキャリアをスタートさせていますね。

巽 直樹氏(以下、巽)大学卒業後に東洋信託銀行(現三菱UFJ信託銀行)に入り、外国為替、通貨デリバティブなどのディーラーを経験し、1997年香港返還を挟んで香港支店にも駐在し、アジア通貨危機の渦中にも身を置きました。

信託銀行を選ばれたのはどういう理由からですか。

巽 大学ではマスコミゼミに所属していたのでメディア関係を志望していましたが、途中で動機を見失い、学卒パイロット試験を受けてみたのです。ややあって、ほぼ最終プロセスで断念した直後に映画『ウォール街』を見たことが、就職活動の「解禁」数日前に金融機関への就職に舵を切るきっかけになりました。投資銀行を目指そうと考えたのですが、当時、日系には「投資銀行」は実質的に存在せず、外資系はS&L危機やブラックマンデーの影響で格付けも低迷し、視野の外でした。そこで最も近いと感じた機関投資家のひとつである信託銀行を選びました。日本の金融システムもやがてユニバーサルバンクに向かうのであれば、その過程で信託銀行という形態は縮小・再編されるのではないか――当時、終身雇用を前提にキャリアを考える周囲からは、そのような指摘もありました。一方、都市銀行や生命保険・損害保険会社に進んだ場合、毎年数百名単位で入社する同期の中に埋没し、組織の一兵卒としてキャリアが固定化される懸念も拭えませんでした。信託銀行は当時、「財務のデパート」と称され、証券・不動産・年金など幅広い金融業務を横断的に学ぶことができる環境でした。加えて、入社同期の規模が比較的小さいために個人が埋没しにくく、さらにMBA派遣の機会も他業態に比べて相対的に高いと考えました。まずは信託銀行でキャリアをスタートし、MBAを取得したのち、外資系投資銀行が再び成長軌道に戻っていれば転身する──これが1988年の夏、数日の間で描いたキャリアプランでした。

出世するよりも勉強できる環境を選んだわけですね。

巽 そのプランに沿って努力を重ね、入社前に聞いていた社費留学の条件を、2年目の下期には満たしたつもりだったので、入社3年目からトライできる社費留学に応募しました。ところが直後に「海外経験を望むのであれば、仕事でチャレンジしろ」といわんばかりにディーリングルームに異動になりました。「異動直後の上長に対して失礼になるので、応募を取り下げた方が良い」とも助言されました。

どんな業務をされたのですか。

巽 当時はディーリングルームに入って外国為替の部署に配属されると、最初にポジションキーパーという仕事を担当することになります。時々刻々と変化する銀行の外国為替の総合持ち高(ポジション)を手計算ではじいて、一定時間おきに日本銀行に口頭で報告する仕事です。今ではそうしたアナログな監督体制は廃止され、ポジションもコンピュータで瞬時に把握していると思います。この仕事、普通は半年くらいで終わるのですが、たまたまローテーションの端境期で、1年近く続けることになりました。単純作業の繰り返しで、キャリアの方向性が投資銀行とは無関係なところに向き始めたと考え、それならとイタリア語の勉強をし始めました。高校時代は理系で、医学部以外なら建築学科に興味があったものの、今さら工学的な勉強をする時間もないので意匠建築をやろうと思い立ち、フィレンツェ大学かミラノ工科大学へ行こうと考えたのですね。そして、翌年も社費留学に応募したのですが、結果はまた不合格でした。しかし、そのタイミングでフロントに係替えになり、為替ディーラーとしてのキャリアが始まりました。これが非常に刺激的で、月曜日の朝にウェリントン市場が開いて、金曜日にロサンゼルス市場が閉まるまで寝なくてもいいやと思って働いていました。

何がとくに面白かったんですか。

巽 「地球上で起こっていることを全部把握していないと気が済まない」という感覚です。気がついたら不良債権で日本の銀行は深刻な打撃を受けていましたし、通貨危機が何度もありましたけれど、あの頃は世界で起こっていることすべてに興味をもっていました。そんな環境に10年ほどいると、迅速な意思決定の繰り返しから仕事の効率性も究極を求めたくなる。人生に必要なことの多くを、ディーリングルームで学んだといっても過言ではありません。

金融がダイナミックに動いていた時期で、90年代から2000年にかけての頃ですね。

巽 ディーラーは自分との戦いなので、精神的な修練の場でもありました。バブル崩壊後の日本企業はサンクコストに囚われ、不良債権処理を先送りし続けたこととは対照的に、ディーリングの世界での意思決定の遅延は「機会損失」となるため、一瞬の判断がすべてを左右します。しかし、こうした瞬間的な判断力が求められる金融市場の世界を経て、その後はまったく性質の異なる領域に進むことになります。

エネルギー分野に関心を持ったきっかけ

金融の世界から電力会社に移ったわけですが、どういう経緯だったんですか。

巽 1990年代は国際金融市場での仕事に文字通り「没頭」していました。当時はエネルギーというとコモディティ市場で取引される商品のひとつで、景気判断のために参照するコモディティ・インデックスの構成要素として眺めていただけで、それ以上でも以下でもありませんでした。歴史は好きなので、人類がエネルギー資源の獲得のために戦争を繰り返してきたということなどはもちろん理解していたので、極めて重要な資源であるとの認識はありました。ただ、当時の自分にとっては、直接のビジネス対象ではないものと考えていました。

ビジネスとしてエネルギーを見始めたのは何かきっかけがあったのですか。

巽 きっかけはエンロンです。当初は米国の天然ガス・パイプライン会社に過ぎなかったのですが、90年代末にはエネルギー取引の旗手として脚光を浴び、世界的な有名企業となっていました。

なるほど。金融の世界にも関連しますね。

巽 ディーラーの世界では自分が勤める銀行の同僚よりも、市場で取引する他の金融機関のディーラー仲間との付き合いの方が圧倒的に濃くなります。そのネットワークの中でもこの会社のことが良く話題にのぼっていて、自然と興味を持ちいろいろと調べはじめました。

90年代末の不良債権問題で日本の金融機関も存亡の危機に瀕していたことも意識されていたのでしょうか。

巽 はい。まさにその時期は外資系金融機関に転じて同じような仕事を続けるか、あるいは異業種転職もありかと考えていました。ちょうど2000年から始まる電力自由化にも大きな興味を持っていましたので、市場環境的にも好機と考え、エンロンへの転職は脳内で何度もシミュレーションしました。しかし、「異業種かつ外資で本当にやっていけるのであろうか」と逡巡するなか、そのエンロンに対抗する必要があった国内の大手電力会社から求人の話が届きました。

ディーリングルームの雰囲気とは対極な感じがします。

巽 確かに、日本の電力会社には、銀行とは種類の異なる堅い印象がありました。自分が適応できるのか不安でしたね。銀行も堅い業界のイメージがありますが、ディーリングルームは別世界というか、特に日本の銀行では本流ではなく「亜流」扱いでしたから、むしろ比較的自由な雰囲気の職場に慣れていたからです。まずはエネルギー業界を知る必要があり、最初の選択で肌が合わなければ、その次にエンロンに転職すれば良いと考えました。そうして、最終的にはドイツ系銀行でディーラーを続けるか、東北電力への異業種転職かの二択に絞ったのですが、後者を選びました。この時点ではエネルギーに関わる仕事を今日まで続けることになるとは想像もできませんでした。

2001年末にエンロンは会計不正で破綻しますね。

巽 最初は何が起こっているのかの全体像も掴めませんでしたが、徐々に電力取引の実態が明らかになりました。振り返ると、この出来事が契機でエネルギー産業のことを本気で理解しようとしていたのだと思います。「シンプルに安く買って高く売れば良く、その結果として市場が均衡することが美しい」と考える世界に10年ほどいたため、電力市場が持つボトルネックを理解していなかったのです。こうした好奇心が昂じて、「ミイラ取りがミイラになる」という格好になりました。

エネルギー産業が普通の事業会社と違うところはどういうところですか。

巽 全産業での食物連鎖のようなピラミッド図を描くとすると、エネルギー産業は頂点に君臨するものです。農業からICTまで、エネルギーがなければすべてが成り立ちません。人類が「火の発見」以前に戻るなら話は別ですが、この構図は未来においても変わらないでしょう。エネルギーが供給できなくなればAIも動きませんし、シンギュラリティも永遠に来ません。金融については法律と同じで、「他人に騙されないためによく理解しておいたほうが良いルール」のような面が強いですが、エネルギーは文明そのものを支える基盤です。また、エコノミクスやファイナンスのセオリーを理解しても、組織を動かすセンスがないとビジネスを上手く回すことができず、経営もできません。こうしたことの興味も尽きませんでしたが、資源エネルギーの仕事に関わることへの興味が、最終的にそれらすべてを上回ってしまったわけです。

経済学はエネルギー問題をどう捉えているのか

巽さんは大学や大学院でも資源エネルギーと経済について教えてらっしゃいますが、経済学ではエネルギーをどう捉えているのでしょうか。

巽 経済学においてエネルギー問題は、単なる資源の需給調整の問題ではなく、「“市場の失敗”を是正し、持続可能な経済成長をどう実現するか」という観点からも捉えられています。その分析の核心には、「希少な資源の最適配分」「外部性の内部化」「エネルギーと経済成長の関係」という3つの大きな柱があります。

経済学の基本的な考え方では、エネルギーは生産に投入される要素のひとつであり、その価格は需要と供給の関係によって決まります。当然ですが、需要が増えれば価格は上がり、供給が増えれば下がります。この価格変動を通じて、エネルギーの効率的な利用や代替エネルギーへの転換が促されるというのが市場メカニズムの基本的な働きです。ちなみに、古典派経済学の「土地・労働・資本」という三要素では、エネルギーは中間サービスとして捨象されてきました。一方、1970年代以降の研究や現代のエネルギー経済学・資源経済学では、エネルギーを独立した投入要素として明示的にモデル化し、その重要性が強調されています。

日本ほど資源を輸入に頼る国だとエネルギー問題の重要性は諸外国以上かと思います。

巽 おっしゃる通りです。一次エネルギーを輸入に依存する国では、国際情勢の変化がエネルギー価格や供給の安定性を大きく左右します。これが「エネルギー安全保障」の問題であり、一国の経済活動を維持するための重要なリスクマネジメントの核心でもあります。そのため、石油の国家備蓄や、輸入先の多角化、国内の原子力発電と再生可能エネルギーの活用などがエネルギー政策の課題となります。

「外部性の内部化」とはどういうことですか。

巽 エネルギーの生産と消費、特に化石燃料の利用は、地球温暖化や大気汚染といった「負の外部性」を生み出します。外部性とは、ある経済活動が市場での取引を介さずに第三者に影響を及ぼす便益やコストのことで、これらが市場価格に反映されないと市場は最適配分を達成できません。これは、典型的な「市場の失敗」です。そこで政府が介入し、炭素税やカーボンプライシング(CP:炭素の価格付け)といった仕組みを導入することで、環境コストを企業活動の内部に取り込み(外部性の内部化)、より持続可能なエネルギー利用を経済的インセンティブで促すことが目指されます。

需要と供給だけに任せていては解決できない問題が起きているということですね。

巽 その通りです。エネルギーと経済成長の関係については、歴史的にエネルギー消費の増加と経済成長には密接な関係があると考えられてきました。安価で安定したエネルギー供給が産業活動を支え、経済成長を支える基盤となっていたからです。しかし、近年ではこの関係にも変化の兆候が見られます。エネルギー技術の進歩やAI活用が徹底した未来では、より少ないエネルギーで同等かそれ以上の経済価値を生み出すことが可能になりつつあります。アンドリュー・マカフィー1が提唱した「モア・フロム・レス」という概念はその典型です。

そうなると、経済成長と環境負荷はトレードオフの関係から脱却できます。

巽 理論的には可能性があります。エネルギー効率、単位あたりのエネルギー消費でどれだけの経済活動(GDP)を生み出せるかを向上させることは、経済成長と環境適合を両立させる上で不可欠な要素です。しかし、効率化すれば必ずしも消費が減るわけではなく、「ジェヴォンズのパラドックス」と呼ばれるように、効率化が逆に利用拡大につながることもあります。とはいえ、効率性の向上と技術革新への挑戦が進めば、「モア・フロム・レス」の世界は実現可能性が高まります。そのとき、「経済成長と環境適合の両立」も実現されているはずです。