私たちはいかなる進化の途上にいるのか――心・意識・自由意志をめぐる問い
第2回 直観ポンプと爆発する松葉杖
ブーム・クラッチ――爆発する松葉杖
デネットは“中国語の部屋”のように、役立ちそうにみえるが寄りかかると危険な反思考的道具をデネットは“ブームクラッチ(爆発する松葉杖)”と呼ぶ。
私たちは心や意識について、明確な説明を持たず、わけのわからないものだと考える。だからこそ、それらを特別で、簡単には説明できないと考えたりもする。なまじ工学的に“強いAI”ができてしまうと、心や意識を特別で不可侵なものとして扱うことができなくなる。
まだ見ぬAGIやASIに過剰な脅威を抱いたり、逆に各国や企業が先鞭をつけようしたりしている現下の状況の多くは、そうした不安に後押しされたものだろう。
デネットは“強いAI”が誕生する可能性を示唆しつつ、それを信じようとしない人々をこう挑発する――「あなたはその結論――強いAIは不可能だ、イェー!――が大好きなので、あなたの熱い希望を支えている生き生きとした楽しい議論に向けられた丁寧な批判に自分が取り込まれる可能性を、なるべく見ないようにする」。
加えて、コンピュータが意識を持つ可能性についての議論に耳をふさぐ多くの人々を批判する――「このような反応をするあなたは、高名なバークレー大学の教授(筆者注:名は伏せられているが、明らかにジョン・サールのことだ)のが有名な議論を行い、自分が正しいことをその議論が示してくれている、という事実を大いに気に入っていて、その教授にすがってその議論を支持することに大いに満足している。あなたに関心があるのは、実際には細部でなく、その結論だけだ。何たる反知性的な責任回避であろう!」。
なんとも手厳しいが、直後にはデネット自身がかつて量子力学に同じ態度をとっていたことも告白しており、ユーモラスで憎めないキャラクターをみせている。
デネットは、コンピュータと意識をめぐる論争のなかで用いた“ゾンビ直感”や“強いAI”といった思考の論点セットを“直観ポンプ”と呼ぶ。
彼はこの用語を気に入ったようで、ホフスタッターとタッグを組んだサールとの論争の最中にこの用語を思いついたことにおいては、サールに感謝しているという。
デネットは“直観ポンプ”は知的短絡をもたらすだけでなく、ときに思考のショートカットとして有益であるとして、著書『思考の技法 直観ポンプと77の思考術』(阿部文彦・木島泰三訳/青土社)において、長短所をとりまぜたさまざまな思考ツールを披露している。
思考や認識のツールを獲得するアイデアは、前回ふれたカーネマンのヒュースティックスとも通じるところもあるし、遡ればジャン・ピアジェの認知発達理論でいう認知の枠組み“シェマ”にあたるものだと捉えることもできる。
独学者であることを自認する哲学者デネットの寓意に満ちた発想に触れるには、著作群に現れるこうしたショートカットを辿り、思考のツールを援用することが有益でもある。
ダニエル・C・デネット (著)
阿部文彦, 木島泰三 (翻訳)
青土社
ISBN:978-4791768431
