AIは「意識」をもつのか?
第3回 意識には「二つの側面」がある
システムの「情報構造」がクオリアに対応
次に、意識のもう一つの側面である意識の質(クオリア)について見ていこう。
大泉 生まれつき目が見えない人に、「赤いリンゴの赤らしさ」を説明できるでしょうか? よくよく考えてみると、それはできそうもないことが分かると思います。クオリアを言語化することは極めて困難なのです。
「赤いリンゴ」という表現でリンゴの色のクオリアが相手に伝わったと考えるのは、自分が赤いリンゴを見たときに生じるクオリアが、他の人でも共通であろうという推測に基づいている。しかし、もしかしたら、別のAさんが赤いリンゴを見たときに体験しているクオリアは、あなたの青のクオリアと同じかもしれない。しかし、リンゴを見たときには、あなたもAさんもそのクオリアを「赤」と言語化することになる。あなたとAさんが赤いリンゴを見て、本当に同じクオリアを体験しているかどうかは確かめようがないのである。
大泉 クオリアは言語化が困難と先ほど言いましたが、クオリアどうしの「近さ」は定量的に表すことができます。例えば、赤とオレンジのクオリアの関係性は、赤と青のクオリアの関係性よりも「近い」と言えます。このようなクオリアどうしの関係性は「クオリア構造」と呼ばれます。
もし二人のクオリア構造が同じであることを確かめることができたら、断定はできませんが、似たクオリアを感じている可能性は高いと言えそうです。逆にクオリア構造が似ていなかったら、おそらくクオリアは異なっているのではないかと思います。

では、統合情報理論では、クオリアはどのように生み出されると考えるのだろうか。
大泉 統合情報理論では、システムの「情報構造」がクオリアに対応すると考えます。システムの情報構造とは、例えば脳のニューロンどうしがどのように結びつき、どのような強度で情報をやり取りし、どのような活動パターンを示しているかといったことを指します。
以上のことを踏まえると、AIを実装しているコンピュータと脳との間で情報構造を比較することができれば、両者の間でどの程度、似たクオリアが生じているかを将来、議論できるようになるかもしれない。あくまで統合情報理論が正しかったら、という前提ではあるが。
大泉 研究者によって見解は異なると思いますが、統合情報理論に基づくと、脳をもつ動物は全て何らかの意識をもっていると考えられます。私個人も、直感的にはそうだろうなと思っています。
ただし、動物のもつ意識は、それぞれ意識の量や質が人間とは異なっているはずです。人間は人間特有の意識をもっていて、イヌはイヌ特有の意識をもっているのでしょう。また、同じ種の動物でも、個体間で意識の質はある程度異なると思います。
人間に至る進化の過程で突然、進化的な大きな飛躍があって、「人間だけが意識をもった」とは考えにくいのではないでしょうか。昆虫だって小さいとはいえ脳をもっていますから、人間とは量や質が全く異なるかもしれませんが、少なくとも何らかの意識があるのではないかと思います。ですので、みなさんがよく気にされるような、「動物には意識があるのか、ないのか」という問いに考えを巡らすのは、私個人としてはあまり有意義ではないと思っています。むしろ私は、「動物にはどのような意識があるのか。人間とはどのように違うのか」ということを研究したいと考えています。
私たちの人間の意識においても、視覚のクオリアと聴覚のクオリアは全然違いますよね。コウモリは超音波で外の世界を認識していますが、そのクオリアがどのようなものなのかは、私たち人間には想像もできません。そう考えると、仮に現在のAIが発展していき、将来、意識をもつようになったとしても、そのクオリアは、私たちのクオリアとは全く違うものだと言えると思います。それがどんなものかを想像することは難しいですが、今後、システムの情報構造を比較する方法論が発展すれば、人間との違いを定量化できるようになるかもしれません。
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