筑波大学名誉教授・精神科医 斎藤環氏に聞く 第4回
文脈把握と不確実性への対処を可能にするシステムとは
人工知能は社会性を持つか
機械学習や自然言語処理においては、よくピアジェの発達段階5が参照されます。ここでは個のなかで学習が行われると捉えられるので、ヴィゴツキー6のいうように、社会的な対話のなかで言語を獲得して、そのあとにモノローグが生じるということが見えづらくなってしまいます。
斎藤 黙読が音読から発生するようなことですね。当初は身体性に基づいて行っていた発話が、発達によって脳でシミュレートできるようになって、内言や思考として内面化されていくというプロセスですが、コンピュータは内面だけで解決しているので、それがありえないということになります
ピアジェのモデルで考えてしまうと、社会的な学習については考えづらいですし、社会性というものも固定的な捉えかたになってしまいます。
斎藤 オープンダイアローグは、バフチン7の対話理論からも大きな影響を受けています。バフチンやヴィゴツキーは社会性を前提とした発達を考えています。バフチンは対話がなければ言語は生まれないとも言っています。AIは対話ができませんから、社会性に基づいた言語獲得はできません。
ヴィゴツキーの教育理論では学習は内化のプロセスとして捉えられていて、相互作用において学習者の最近接領域に訴求することを重視します。社会的相互作用のないコンピュータの場合は、内化のプロセスはインストールすることで終わってしまいます。もっとも単なるインストラクション8になっている教育も多いことも事実ですけれど。
斎藤 AIを通じて、人間の思考のありようの複雑さがみえてくるということはあるでしょう。
私たちもアテンション重視の情報に囲まれていて、解答を求めすぎる傾向にありますから、社会的な言葉や内話が苦手になっているかもしれません。
斎藤 オープンダイアローグでは「不確実性への耐性」を大切にしています。なにが起こるかわからない状況を大事にすることが基本原理で、あえて予測もプランもなしに不確実性や偶然の要素をプロセスに取り込むことを大切にします。そうした考え方も今後ぜひ普及していってほしいと考えています。