科学者たちの複雑な心理を考える
映画『オッペンハイマー』をめぐって

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テキスト 桐原 永叔
IT批評編集長

スパイ活動と冷戦時代の科学技術

萩原篤太郎が世界で初めて原理を発見したいたといわれた水爆は映画『オッペンハイマー』でも肝になるモチーフである。オッペンハイマーはロスアラモスで重水素を使った核融合爆弾(水爆)のアイデアを主張する──水爆の父と呼ばれる──エドワード・テラーに厳しく接する。世界が壊れてしまうことを恐れて。

オッペンハイマーの後半生は水爆をめぐり窮地に陥っていくのだが、そのきっかけはエドワード・テラーにある。先に述べたクラウス・フックスはこの機密をソ連に漏らしており、それによって、アメリカに遅れることわずか1年でソ連は水爆完成に至っている。映画でもこの史実は重要な部分だ。

オッペンハイマーのもと理論物理学者として臨界計算を担っていたクラウス・フックスが、1944年にKGB本部に向けて送った暗号電文が1949年に解読され機密漏洩は明るみにでる。逮捕されたフックスは自白を始める。衝撃を与えたのは、1942年にすでに原子爆弾の設計法をソ連側に流しており、数年にわたって実験データや計算書類を流出させていたことだ。すべてはKGB本部に渡った暗号電文に、オッペンハイマーとフックスが共同執筆した秘密論文があったことから露見した。

ポツダム宣言の際、トルーマンが非常に強力な新型爆弾が完成したと話してもスターリンがさほど動揺を見せなかったのはすでに原子爆弾のことを知っていたからだ。冷戦はすでに戦中から始まっていたのだ。

フックスがいかにして極秘書類を受け渡したかは、スパイ映画さながら──むしろ映画のほうがこの事実を模倣したというべきか──のスリリングさである。スティーヴ・シャンキンの『原爆を盗め! 史上最も恐ろしい爆弾はこうしてつくられた』(梶山あゆみ訳/紀伊国屋書店)はこの攻防を描くノンフィクションで、おそらくは原爆開発にまつわる書籍としてはもっともわかりやすく読みやすく、娯楽性も高い。

このほかにも以前の記事で取り上げた本をもう一度あげておくと、フォン・ノイマンが主役となる『囚人のジレンマ フォン・ノイマンとゲームの理論』(ウィリアム パウンドストーン著/松浦俊輔訳/青土社)も米ソの原爆開発をめぐるチキンレースをゲーム理論にもとづき心理戦として描きだす。いうまでもなく、ゲーム理論を生んだのはフォン・ノイマンだ。『原爆を盗め!』でも『囚人のジレンマ』でも、繰り返されるのはアメリカのみが強力な新兵器をもってしまったときに世界のバランスが失われるという危惧だ。映画『オッペンハイマー』の重要な登場人物であるボーアも戦中から原子爆弾の共同保有を提唱してきたし、フックスたちがクレムリンの意思とはうらはらに目指したのも原子爆弾の共同保有だった──ここに偏在と遍在の問題があるのだがもはや紙幅がない──。

トルーマンも、そして映画『オッペンハイマー』でもうひとりの主役といえるストローズがより政治的な現実性から唾棄する考え方も原子爆弾の共同保有である。

原爆を盗め!―史上最も恐ろしい爆弾はこうしてつくられた

シャンキン,スティーヴ (著)

梶山 あゆみ (翻訳)

紀伊國屋書店

ISBN:9784314011273

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囚人のジレンマ-フォン・ノイマンとゲームの理論-

ウィリアム・パウンドストーン (著)

松浦俊輔 (翻訳)

青土社

ISBN:4-7917-5360-7

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テクノロジーの進化は多少、倫理に反するリスクがあっても、進化を遂げればそれ以上のベネフィットを人類にもたらすという考えは古くからある。それは、カントの理性の狡知、ヘーゲルの歴史の狡知を起源にするような気がする。個人の自己中心的な行動で発生した事件さえも、大局的にはより大きな目的実現に必要な“悪賢さ”だという。新兵器によって多大な犠牲者がでても、その分、戦争が早く終結するという大きな目的を実現できるのだと。

しかし、広島、長崎、そして冷戦と、その後の世界というのが、それらの犠牲に値するだけのより大きな目的にわたしたちを導いてくれたのだろうか?

翻って、現在の加速主義者たちの思想にこの手の狡知(悪賢さ)を許容してしまう素地があるような気がしてならない。

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