アーティスト・慶應義塾大学准教授・長谷川愛氏に聞く
(2) テクノロジーによって自明性を問いなおす

FEATUREおすすめ
聞き手 都築 正明
IT批評編集部

変わること/変わらないこと/変えられること

作品が、変わることと変わらないこととの参照軸になることもありそうです。

長谷川 「(Im)possible Baby, Case 01: Asako & Moriga」(2015)では、当時フランスのPACS1で同性婚をしていた牧村朝子さんとモリガさんの遺伝情報をもとに、2人の間にでき得る子どもをシミュレートして家族写真を制作しました。制作当初は、状況が変化することで、すぐに作品が陳腐化するかもしれないと思っていたのですが、いまだに日本では結婚の自由がすべての人には開かれていない。一方で、実家にいる母親が日本のセクシャル・マイノリティをめぐる状況について「まだ政府はこんなこと言ってるのよ」と言うようになったりして、事態が少し変わったのかと思いました。

(Im)possible Baby, Case 01: Asako & Morigaより家族4人の朝食風景。

上部には味覚や嗅覚の遺伝情報が書かれている(2015,長谷川愛氏公式サイトより)

(Im)possible Baby, Case 01: Asako & Morigaより娘たち10歳の誕生日の風景。

上には彼女達の性格や能力に関するといわれているSNPs 情報がそれぞれ書かれている(2015,長谷川愛氏公式サイトより)

作品がようやく現実的なメッセージとして届いたということですね。NHKでの放送も大きな反響を呼びましたし、その後牧村さんが寄せたメッセージに胸が熱くなったという声は、ゲイ男性やシスジェンダー男女からもたくさん聞きました。

長谷川 先日公開された映画「怪物」を観て、2023年の日本の認識レベルはまだこの程度なのかと溜息が出たりもしましたけれど。ポリティカル・コレクトネスとエンターテインメントの両立をどこまで推し進められるだろうという意味で、最近のマーベル作品の動きが面白いと思っています。これまでは「アイアン・マン」のトニー・スタークのようなお金持ちでマッチョな白人がヒーローでしたが、最新作ではMITに通う15歳の黒人女性が主人公になっています。これがどのように受容されていくのかが興味深い。一方で旧来のヒーロー像に憧れていた白人男性が疎外感や抑圧をおぼえることでバックラッシュが起きる可能性もあります。Amazonプライムのドラマシリーズ「パワー」ではすでにそこについても語られていますが。 その後で、うまく手を取り合って物語をつくっていけるとよいのですが。

改めて個々をめぐるエスノグラフィとナラティブが立ち上がってくるわけですよね。長谷川さんの作品やご著書を拝見すると、未来へのまなざしと同時に、性役割分業はもとより地縁・血縁・伝統への違和感といった、長谷川さんご自身の実存的な動機も感じられました。

長谷川 家父長制の強い土地柄に育ちましたし、ムラ社会的な因習もありました。また家族も保守的な家庭観を説く宗教に帰依していたので、息苦しさをおぼえていました。少女時代は腐女子──この言葉も昨今はポリコレ的に「BL愛好家」といわなければならないそうです──でしたが、周囲にはそうした趣味を充実させる書店やイベントもなく、鬱屈していました。高校生のときにインターネットに出会ったことで、一気に同じ言葉でさまざまな人と話すことのできる文化が目の前に広がりました。こうしたことが原体験になっていますから、テクノロジーへの希望は絶対に手放したくないと考えています。私はいま制作や教育の場でテクノロジーについて批評的な表現も行いますが、根底には「テクノ楽観主義」があります。とくに虐げられてきた人たちにとっては、新しいツールを得て選択肢が広がることは、ほかに得がたいですよ。

悲観することなく、テクノロジーの使いかたに思索をめぐらせるということですね。

長谷川 権力を持っていた人によって、これまでの構造をキープするためにテクノロジーが使われることだけは、本当に避けたいと思っています。新たな抑圧を生むことになりますから。

インターネット黎明期は、国境を超えて個人の自由に満ちた未来像が描かれていましたが、現在はテックジャイアントが覇権化しています。

長谷川 ヨーロッパやアメリカのアーティストたちは、以前から大手IT企業への不信感を表明していました。一方で、そうした企業の資金がなければアートが存続できない状況があって声高には主張できないというジレンマもありました。ただ、企業には価値観の変化へのレスポンスが早いという長所もあります。私も、政治家よりも企業の方のほうが、話が通じやすいことを実感しています。

1 2