「沈黙」を知らないChatGPT
紋切り型と記号接地問題
「炬火」と炎上
ウィトゲンシュタインにも多大な影響があった人物としてその名が挙がるのは、カール・クラウスだ。第一次世界大戦前からオーストリアで活躍したユダヤ人ジャーナリストであるカール・クラウスは歯に衣着せぬ言葉で政治を、権力を、大新聞を攻撃した。不実な言葉をぜったいに許さなかった。プロパガンダも、ジャーナリズムもインテリもすべてまんべんなく言葉の炎で焼き払った。なんど暴漢に襲われようとも、ネガティヴキャンペーンを大々的に繰り広げられても、けっして彼のジャーナルであり個人誌でもある「Die Fackel(炬火)」の発行をやめなかった。
彼が現実に対峙させた言葉とは皮肉や批判、そして笑いだった。風刺であり寓話だった。不実な言葉をみつければ、徹底的にあげつらい、揶揄することで、紋切り型から含有物を抽出し大衆の前に開示した。そのやり方は、政治家、著名人、大新聞の言説を抜き出し、隠れた真実を暴き出す注釈を加えるというものだ。カール・クラウスはそれを劇場で朗読した。素晴らしい役者であった彼の朗読は人々を熱狂させたという。
カール・クラウスを若き日のウィトゲンシュタインは信奉していた。ウィトゲンシュタインはその追っかけでさえあった。
惜しむらくはナチスが台頭するちょうどそのときに亡くなったことだ。
日独防共協定の年に亡くなったカール・クラウスは生前、「ヒトラーと聞いても、わたしの頭に浮かぶことは何もない」と述べていた。そのことをもってカール・クラウスがナチス党に日和ったと非難する声もあがった。あらゆる権力に獅子吼していたあのクラウスはなぜ口をつぐむのか?
「カール・クラウスは沈黙によって称えておくのがふさわしい。」と述べ、その言葉の鋭さの前にはどんな賛辞も賞賛も意味をなさないというクラウス論を残したヴァルター・ベンヤミンもまた熱心な信奉者の一人であったが、この時期のクラウスに失望を隠していない。
近年は、『第三のワルプルギスの夜』カール・クラウス著作集 6(佐藤康彦他訳/法政大学出版局)の詳細な解題もあって、生前のカール・クラウスの反ナチスの姿勢が明らかなものだったとされている。彼は、ナチスの宣伝相ゲッペルスのプロパガンダを徹底的に分析し、ナチスの機関誌の手法を攻撃していた。
カール・クラウスの言説をずっと貫いていたのは怒りだ。
カール・クラウスについては、ドイツ文学者でエッセイストの池内紀が書いた『カール・クラウス 闇にひとつ炬火あり』 (講談社学術文庫)くらいしかまとまった評伝がないのが残念だ。
K.クラウス (著)
佐藤康彦, 武田昌一, 高木久雄 (翻訳)
法政大学出版局
池内紀 (著)
講談社学術文庫

