大阪大学社会技術共創研究センター長・岸本充生氏に聞く
(3)企業が目指すべき「社会技術」という競争優位

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聞き手 桐原 永叔
IT批評編集長

ELSIの再解釈とビジネスの新しい潮流

桐原 ELSI対応がお題目ではなく、ビジネス戦略だということがよくわかりました。ところで、ELSIという概念自体は昔からありました。これをリバイバルさせたというのはどういう意図があったのですか。

岸本 実は、2020年にELSIセンター長なるまでELSIなんて言葉を使ったことはありませんでした。生命科学や医学の世界の用語だと思っていましたし、その世界ですら最近は以前ほどは使われていません。ヨーロッパはELSA(Aはaspectの略称)と言ってましたが近年はRRI(責任ある研究・イノベーション)という言葉を使っています。研究不正の防止も含めて、スコープも研究からイノベーションまでカバーする結構大きい概念なんです。背景には、ELSI研究は小手先じゃないかとか、あるいは専門家が勝手にやっていて、患者や市民が参加する側面が欠けているという批判もありました。それはELSIの概念そのものに対する批判というよりも、実際のELSIの実践に対する批判です。そういう欧米での動向については知っていたので、いまさらELSIという用語を使うのもどうかなとは当初思っていたんですけど。

桐原 それがなぜ復活したのでしょうか。

岸本 日本政府の科学技術基本計画はずっとELSIと言っているんです。それと人工知能学会でもELSI賞をつくったりしています。AIの開発プロセスのなかでそういうものが大事だというときにすぐに当てはまる言葉がELSIだったんですね。情報系の人たちがELSIという言葉を使いはじめた。もっと身近では、大阪大学の総長がELSIという考え方を気に入っていただいて、ELSIセンターの設置につながったので、ELSIを全面に出す覚悟ができました。

桐原 岸本先生は、そこからELSIを解釈し直していますよね。

岸本 生命科学系の人からは「なんでいまさらELSI?」って言われるし、情報系の人からは「また新しいバズワードか」と言われました。講演するときには、聴衆にどういう人がいるか分からない場合は両方向けに言い訳して、なぜ今ELSIかということを説明していました。一つは、ELSIは、アメリカで1990年に開始されたヒトゲノム・プロジェクトの中で1つの研究プロジェクト名として生まれたわけですが、当時はすごく先駆的な概念だったわけで、その素晴らしい概念を、生命科学や医学以外のエマージング・テクノロジーにも使いますという文脈を考えました。もう一つは、倫理的(E)・法的(L)・社会的(S)をそれぞれ区別して考えることで、それまでとの違いをアピールしました。生命科学の分野では、ELSIは技術以外のすべてとか、生命倫理や医療倫理とイコールで考えられていました。そうではなくて、倫理的(E)・法的(L)・社会的(S)を分けて、その関係性を見ようよという話をしたら、企業の方にすごく受けたんですね。彼らは法的(L)にはOKだけど、炎上する事例があることを経験しています。あるいは法的(L)には駄目でも社会(S)が望んでいる技術があることも知っています。まさに自動運転だったり、ライドシェアだったりいっぱいあるわけです。その場合に、法務が駄目って言ったらやめますというんだったらなんのイノベーションも起こりません。そうではなくて、ちゃんとロビイングして規制改革してもらいましょう、堂々とやりましょう、エビデンスを付けて社会のためになりますよというアプローチに変えたいと考えているわけです。テック系企業はみんなそういう部門を持っています。政策企画部門とか公共政策部門ですね。これは大きな変革で、昔はロビー活動って裏でこっそりやるもんだと思われていたじゃないですか。新しいテック系の企業のなかでは「レスポンシブル・ロビイング」のような新しい潮流が生まれてきた。

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