大阪大学大学院教授・藤井啓祐氏に聞く
(1)量子超越を可能にしたエンジニアリング視点
物理学者のおもちゃからエンジニアの対象物へと昇華
桐原 2000年の頭ぐらいには、量子コンピューターの実現なんて50年ぐらいは難しいだろうと言われていましたよね。
藤井 私が研究を始めた頃は、50年どころか100年たっても絶対できないと言っていた人がいっぱいいました。
桐原 その時点では、何が最も困難だと思われていたのでしょうか。
藤井 やはり量子ビットの数を増やして精密に制御することが難しいと考えられていました。ひるんでいたと言ってもいいでしょう。長らく1量子ビット、2量子ビットでなかなか精度が上がらなかったし、ノイズレベルもなかなか下がらない状況が続いていましたから。加えて、物理学者が量子コンピューターの実現にそれほど興味がなかったこともあります。物理学者は、新しい現象を発見することに命をかけていますから、ノイズがあるものをきれいにするというようなエンジニアリングは、得意な分野ではありません。「カイゼン」はインパクトのある物理学研究として評価されませんから。
桐原 ブレイクスルーのためにはエンジニアリングという視点が不可欠だったのですね。
藤井 Googleが量子コンピューターの研究を始めるときに、ジョン・マルティニス1が率いる研究グループを丸ごと抱え込みました。ここで、研究者たちがとことんエンジニアリングをやって、きれいに量子ビットを動かすことに成功しました。きちんとエンジニアリングをすれば、きれいに量子ビットを並べて動かすことができるということが示されたことが重要です。どれだけきれいかと言うと、エラーレートが10のマイナス3乗で、1000回に1回しか壊れない。その前の時代は10回に1回壊れるぐらいのレベルだったので、2桁ぐらい精度が良くなったわけです。そのレベルのまま量子ビットの数を増やせば、いずれエラーの問題はエラー訂正で解決できる見込みが立つわけです。大規模化できればエラー訂正ができるんじゃないか、大規模な量子コンピューターが作れるのではないかというので、マルティニスの結果から研究者たちのマインドが変わりました。大規模な量子コンピューターを作るためには、どういうエンジニアリングをしないといけないかを考えるようになった。つまり量子コンピューターを物理学者のおもちゃからエンジニアの対象物へと昇華させたことで一気に研究が進んだのです
関連記事
-
REVIEW2024.10.01半導体のカーテン、コンピューティングパワーの天井
技術、経済、地政学から現在の論点をみる
第1回 「ソフトウェアは半導体の限界を突破できない2024.10.01テキスト 桐原 永叔 -
REVIEW2021.05.20ゲーム研究者・井上明人が語る情報社会の選択
第2回:レビューと評価を読み解くゲーム研究者の視点2021.05.20テキスト 井上 明人 -
REPORT2022.06.01量子コンピューターを理解するための 量子力学入門
第1回 量子コンピューターを巡る誤解-なぜ「計算が速い」と言えるのか?2022.06.01テキスト 松下 安武(まつした やすたけ)