大阪大学大学院教授・藤井啓祐氏に聞く
(1)量子超越を可能にしたエンジニアリング視点
量子超越は科学技術における大きなマイルストーン
桐原 2019年10月23日、Googleが量子超越を実現したという論文を公開しましたGoogleの研究チームは、最速のスーパーコンピューターを使っても1万年かかる問題を、53量子ビット(qubit)の量子コンピューターが10億倍速い、200秒で解けることを示したと発表しました。藤井先生はこの論文を査読された3人のうちの1人とお聞きしましたが、どういう経緯で査読することになったのでしょうか。
藤井 経緯というほどのものでははないです。論文雑誌から査読の依頼がきたので受けたまでです。査読の依頼は常にいろんなとこからきているので、たまたまきたという感じですね。
桐原 その論文を読まれてどんな感想を持ったのでしょう。かなり画期的な内容だったのでしょうか。
藤井 もともとGoogleが計算スピードに関して、ランダムな量子回路を使って古典コンピューターと勝負をするという話は聞いていたので、いずれは量子超越を実現するんだろうなとは予想していましたが、査読で論文が回ってきて本当にできたんだと感動しました。いよいよスパコンでもシミュレーションが難しいぐらいの領域に、量子コンピューターが足を踏み入れたんだと感慨深かったです。
桐原 この量子超越は歴史的に位置づけるとどのくらいの価値があるのでしょうか。
藤井 Googleが行った実験自体は、ランダムな量子回路でビット列をサンプリングするという、特に意味がないタスクです。実は古典コンピューターでランダムにサンプリングするというのと、量子コンピューターでランダムな計算をしてサンプリングするというのは、ビット列の出方が全然違うんです。量子コンピューターででたらめなサンプリングをするといっても、古典コンピュータにとってはシミュレーションするのはすごく難しいんです。逆に量子コンピューター上でランダムに計算してサンプルするというのは、かなり自然にできるタスクなので、だいぶ量子コンピューターにとって有利な問題設定にはなっています。とはいえ、50量子ビットの量子コンピューターがそれなりの精度で動くなんて誰も想像していなかったので、それがまず驚きでした。Googleが量子コンピューターの開発に参戦した2014年頃は5量子ビットからスタートしています。そこからだんだん増やしてきたわけですけど、20量子ビットから30量子ビットぐらいだったら、ノートパソコンでも簡単にシミュレーションできるので、しばらくはノートパソコンレベルの世界にいたわけです。それが数年たって50という数字を超えてきて、スパコンでもシミュレーションが難しくなるぐらいの計算を実現したというのは非常に驚くべきことですね。
桐原 なるほど。意味がないタスクでも古典コンピューターを凌駕したことに意味がある。
藤井 これまで何十年と開発されてきて芸術的なレベルにある古典コンピューターと、登場したばっかりの量子コンピューター。コンピューティング・システムとして考えられるようになったのが2014年以降という量子コンピューターが、いくら有利な土俵とはいえ、スーパーコンピューターと競うような時代になったというのはテクノロジーで見たら大きなマイルストーンだと思っています。役に立たない問題でもいいから、とにかくスパコンでもシミュレーションできない潜在能力を見せないと、役に立つ問題で速さ、優位性は絶対に現れてきません。そういう意味で通過儀礼というか、非常に大きなマイルストーンだと思います。
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