東京大学 先端科学技術研究センター 吉村 有司氏に聞く
(1)ビッグデータ活用で実現する市民参加型のまちづくり

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聞き手 都築 正明
IT批評編集部

Bluetooth センサーを用いて公共空間に新しい“流れ”を

バルセロナ都市生態学庁で交通計画を任じられてからは、どのようなことをされたのですか。

吉村 それまでテクノロジーについても、交通計画についても考えたことがなかったので、本当に何から手をつければよいのかがわかりませんでした。そこで現状について調べてみたら、車の位置情報や移動経路など、街路レベルにおけるデータが把握できていないことがわかりました。そこで、こういったデータを取得できる仕組みができないだろうか、と考えました。当時は Bluetooth の通信規格が普及して携帯電話に搭載されていたので、この通信情報をトラッキングできるセンサーをつくって街中に設置すれば、プライバシーの問題もクリアしつつ、車がどこに何台いて、歩行者がどこに何人いて、それぞれがどこからどこまで移動したのか、というデータを取得できるのではないか、と考えました。そこでセンサーを試作して、実証実験をしてみたら有意なデータをとることができて、本格的に採用されることになりました。

交通量調査というと、道路に腰掛けた方がカウンターを手にして、自動車や人の数をかぞえているイメージがあります。

吉村 そのように、車が何台通ったか、人が何人通ったかを手動でカウントすることを、Bluetooth センサーを用いて自動化したということです。

そうした技術は、基礎調査のほかにも生かされたのでしょうか。

吉村 ICT 技術を用いた交通計画とは別案件として、グラシア地区という場所の歩行者空間化を同時に担当しました。このプロジェクトは、現在バルセロナ全体で進めているスーパーブロック・プロジェクトという大規模なものに発展するのですが、その最初の実証実験です。ここでは、交通で使っていたセンサーを人の歩行にも応用して、まちづくりに生かすことができました。

ルーヴル美術館でも、混雑を解消するために人の動きを分析されたそうですね。

吉村 Bluetooth センサーをバルセロナの路上に設置することで、交通計画で使えることが実証され、さらにグラシア地区に設置したことで、歩行者にも使えることがわかりました。 当時、僕は欧州プロジェクト(FP6, FP7, Horizon 2020)なども担当していて、ブリュッセルにある欧州委員会(European Commission:EC)を訪問する機会も多く、ICING(Innovative Cities for Next Generation)というバルセロナ、ダブリン、ヘルシンキの3都市で連携したプロジェクトを担当していました。このプロジェクトのなかからMaaSの原型がヘルシンキチームから出てきたり、バルセロナチームからはDecidimのアイデアが生まれたりと、いま思えば現在に繋がるスマートシティのはしりだったと思います。僕のBluetoothセンサーもブリュッセルでは大変評判が良くて、直ぐに欧州中に噂が広がりました。そんななかでルーヴル美術館の方から相談を受けました。「モナ・リザ」などの人気作品の前では 5 重、6 重もの人垣ができてしまって、困っているとの内容でした。美術館は、1 枚の絵と向き合いながら己とも向き合い、さまざまなことを考える空間なのに、ゆっくり鑑賞できないというのは大問題だ、何とかならないか、と。そこで鑑賞者がどのような作品で立ち止まり、どのようなルートで鑑賞しているのかのデータを取るために、Bluetooth センサーを使いました。

サモトラケのニケ周辺の混雑状況(吉村氏撮影)

そこでも、一定のパターンが抽出できたということですね。

吉村 混雑を解消するには、現在どこが混んでいるのかという現状分析と予測が必要です。多くの美術館では、学芸員の方が紙と鉛筆を持って鑑賞者の後をついていき、どこで立ち止まったか、どんなルートで歩いたかなどをチェックしています。ほとんどの美術館の平均滞在時間は多く見積もっても 1 時間程度ですが、ルーヴル美術館の平均滞在時間は 4 時間あります。4 時間も 1 人の人について回るのは困難ですし、たとえついてまわったとしても、得られるサンプル数は 1 個にすぎず、現実的ではありません。そこで、bluetooth センサーをガラスのピラミッドの下や、スフィンクスやミロのヴィーナスなどの主要ポイントに置いて、ビッグデータを集めました。1 年間くらいかけて集めたデータを、機械学習でパターン抽出することで、○曜日の△時ごろには、人はこう動いて、このあたりが混雑する、という予測ができました。

ルーヴル美術館内に設置した Bluetoothセンサーの位置と各作品間の来館者の移動量

出典:Figure 3 from Yoshimura Y., Krebs A., Ratti C. 2017, Noninvasive Bluetooth monitoring of visitors’ length of stay at the louvre, IEEE Pervasive Computing, DOI:10.1109/MPRV.2017.33

日本では、ふだんは混雑していない美術館で伊藤若冲やフェルメールが展示されると、そこで何時間も並ぶ、ということがあります。コロナ禍以降は時間ごとのチケットを発行することも多くなりましたが、データを使えばもう少し余裕を持った鑑賞が可能になるかもしれませんね。

吉村 実際に日本でも取り入れようとしている美術館はありますし、世界中のどの美術館でも取り入れられます。そこがデータサイエンスの強みですね。1 度システムを作ってしまえば、どこでも同じ条件でデータを取得できるのです。

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