東京大学 先端科学技術研究センター 吉村 有司氏に聞く
(1)ビッグデータ活用で実現する市民参加型のまちづくり

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聞き手 都築 正明
IT批評編集部

バルセロナに息づく市民の相互扶助意識

先生は、大学で建築を学ばれた後にスペインに渡られたのですよね。

吉村 多くの建築家が歩むスタンダードなキャリアコースは、大学を卒業してから好きな建築家のもとに弟子入りして、そこで 10 年ぐらい働いた後に独立する、というものです。僕の場合は、師事したい建築家がスペイン人で、バルセロナ在住の方だったので、そこに弟子入りに行く、という経緯でバルセロナに行きました。

それは、建物を設計しようと思って行かれたわけですよね。

吉村 そうです。パブリックスペースも含めて、住宅や美術館などの設計を仕事にしたいと思って渡西しました。そこから現地での紆余曲折もあり、バルセロナ市の都市生態学庁という機関に入ることになります。その機関では、都市戦略を含めた公共空間のデザインもしていたので、入所してそうした空間のデザインに携わりたいと思っていました。ところが、入所初日に長官に呼ばれ、翌日から ICT 技術を用いた交通計画の仕事をするよう命じられました。

先生がもともとしたかった仕事とは違ったわけですね。

吉村 望んでいたものとは全く違う仕事を割り振られたんです。「日本人だからテクノロジーが得意だろう」などと言われまして。ですから、当初はちょっとしょげた気持ちもありました。とはいえ、仕事をこなすためにさまざまな調査をはじめてみたら、面白さが見えてきました。

都市生態学庁というのは、全体としてはどのような機関なのですか。

吉村 バルセロナの都市を根本的によくするためには、縦割りではなく総合的な視点から取り組む必要がある、というコンセプトのもとにつくられたのが、このバルセロナ都市生態学庁です。通常の都市開発であれば、交通は交通局に、緑化だったら森林局に……というように、各部局に割り振られて進行します。そのうえで、各局が自局の権限内で、他局に踏み込まないようにして、それぞれ限られた分野での施策を行います。バルセロナは、その方法では都市全体を構想することができない、ということに早い段階から気付いていて、さまざまな要素を俯瞰しつつ、総合的な都市計画を作るべきだ、として都市生態学庁をつくったんです。このような経緯でできた組織なので、働いている人の職種もさまざまでした。僕がいた時の所員数は 30 〜40 人ほどでしたが、そのうち建築家は 3 人程度で、数学者や交通学者、植物学者や海洋学者など、さまざまな分野のスペシャリストがいました。

俯瞰するといっても、バルセロナは約 100 平方キロメートルの、大きな都市ですよね、

吉村 そうですね。人口が約 160 万人ですから、日本でいうと神戸市と同じ規模だと思っていただければ、わかりやすいと思います。

神戸市という街で考えると、古くからさまざまな階層の人々が住んでいますし、六甲アイランドやポートアイランドのように土地そのものを造成したり、阪神淡路大震災後に箱物と企業誘致で復興してきたりと、漸進的に変化した経緯もあったりと、総合的に捉えたりということが困難に思えます。バルセロナでは、街を俯瞰して根底から変えていくというコンセンサスが、どのようにして市民に共有されたのでしょうか。

吉村 その背景にはバルセロナという都市の置かれた歴史的経緯があります。スペインは 1975 年まで独裁政権で、民主主義に移行してから、まだ 45 年あまりしか経っていません。スペイン内戦以降、独裁政権を敷いていたフランコ首相はマドリードに拠点を置いていたのですが、スペイン内戦時に敵側についていたカタルーニャをひどく冷遇しました。国家としてインフラ投資をしなかったため、バルセロナの都市は荒れていて、病院がなかったり、小学校が十分に機能しなかったりという状況が長く続いていました。そうしたなかで、バルセロナの市民は近隣住民どうしで、教えられる人が子どもに勉強を教えたりという互助的なネットワークを形成して生活していました。1980 年代初頭までそれが続き、1986 年にオリンピック開催の権利を勝ち取ります。そこでようやくオリンピック開催にあたる資金で、社会のインフラを本格的につくっていくことになりました。多くの都市では、学校や病院などの箱物ができてからソフトが整備されますが、バルセロナの場合はこういった箱物行政とは逆のプロセスを辿ったんです。お金がなかったので最初に住民ネットワークでソフトウェアをつくらざるを得ず、そのうえでオリンピックの投資を呼び込んで、建物をつくったのです。バルセロナという都市は、そうした近隣住民ネットワークの伝統が今でも生きているという稀有な都市です。だからこそ、まちづくりにおいても、自分たちで話し合いながら決めていく、というのが当然のこととして受け入れられたのだと思います。

話は逸れますが、サッカークラブの FC バルセロナも、一般会員からの会費を募って運営されていますね。

吉村 そうですね。FC バルセロナは、カタルーニャ民族の象徴として“MÉS QUE UN CLUB”(MORE THAN CLUB:クラブ以上のもの)といわれ、みんなでチームを育てるという気風があります。

レアル(Real:王室の)の冠を戴いているレアル・マドリードとは対極的な位置づけですね。

Barcaの本拠地、カンプノウ(吉村氏撮影)

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