マルクス・ガブリエルと小沢健二
ニヒリズム/メランコラリズムを超えて響く「新実在主義」とポジティヴィティ

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テキスト 桐原 永叔
IT批評編集長

ヒューマニズムを更新する

とはいえ『思弁的実在論入門』は読むのに、少々、骨が折れる。カントやヘーゲルだけでなく、デリダやドゥルーズについてもある程度は整理をつけて理解していないと議論そのものについていくことは難しいだろう。かくゆう私も半分ぐらい理解できたかかどうかというほど心許ないと告白しておこう。

日本人の手による入門書としては『新しい哲学の教科書 現代実在論入門』(岩内章太郎著/講談社選書メチエ)が面白かった。アニメやサブカルからも例をとって親しみやすく実在論の現在を解説してくれる。余談になるが「エモい」という若者言葉から、現在の私たちの有り様を探るあとがきは胸をつかれる思いがした。

思弁的実在論が、いかにして相対主義と独断主義の限界を見極め実在の真相に肉薄していくのかがよりわかりやすく解説されるこの本で、しかし、私を大きく頷かせたのはメイヤスーやハーマンの哲学とはやや流れを異にしつつも、同じく実存をめぐる哲学を展開するマルクス・ガブリエルについての違和感とシンパシーである。日本でもNHKの番組に大きく取り上げられ、書籍も多く刊行されており、“ロックスター”とも評される天才哲学者が推し進めるのは「新実存主義」といわれる哲学だ。

ガブリエルは新実存主義によって、相対主義と独断主義、人間中心主義と自然主義を包括してしまうような大きな論点を準備する。いや、むしろ「人間の死」(フーコー)を乗り越えて、ヒューマニズムを更新しようとしているかのようだ。ここにこの記事のテーマである道徳が絡んでくる。

ガブリエルは『なぜ世界は存在しないのか』(清水一浩訳/講談社選書メチエ)のなかで、道徳も倫理も、自然主義とは別用の論理によって実存すると述べたからだ。「意味の場」といわれる無数の対象領域において、道徳も倫理も意味を生成しうるからだ。

「あらゆるものが存在するが世界は存在しない」とガブリエルは論じる。世界という概念は物理学が扱う宇宙もよりも大きく、「意味の場」で捉える──その外側から対象とする──ことができない。

道徳も倫理もひとつの原理(形而上学)として実在しつつ、個々の解釈(構築主義)として共通の道徳と倫理を与える。しかし、形而上学だけでも構築主義だけでも不足だ。これらを合わせた新実在論だけが、実在を問い直すことができるとガブリエルは言う。

新しい哲学の教科書 現代実在論入門

岩内 章太郎 (著)

講談社選書メチエ

ISBN:978-4-06-517394-7

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なぜ世界は存在しないのか

マルクス・ガブリエル (著)

清水 一浩 (翻訳)

講談社選書メチエ

ISBN:978-4-06-258670-2

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