マルクス・ガブリエルと小沢健二
ニヒリズム/メランコラリズムを超えて響く「新実在主義」とポジティヴィティ
思弁的にポストモダンを乗り越える
前回も同じ問題を考えるために、ポストモダンヒューマニズムといわれる潮流について論じた書籍を紹介した。思弁的実在論といわれるものだが、すでに思弁的実在論という論壇は消滅している。2007年4月に開催された学術会議の名称として使われたのが最初である。この時、会場であるロンドン大学ゴールドスミス・カレッジに集ったのは、レイ・ブラシエ、イアン・ハミルトン・グラント、グレアム・ハーマン、カンタン・メイヤスーらである。
彼らの個々の思想的な見解はその後、大きく異なっていくことになるのだが、実在を改めて問い直そうという姿勢に共通点がある。ポストモダン以降の哲学潮流では、存在そのものを問うよりも、それを対象(現象)として捉える人間の認識のほうを追求してきた。認識の外には存在はない。認識できないものは存在しない。私たちは人間の認識しか共有することはできない。それはつきつめれば、何を認識しても主観を逃れることができないということだ。私にはあなたに見えている景色も、聴こえる音も知ることはできない。できているという認識はあってもそれを確認する術がない。つまるところ、世界は人間の認識によってできているということだ。これこそが「人間中心主義(ヒューマニズム)」の源泉になっていく。
こうした人間の主観を中心とする考えに対し、自然科学の客観性を絶対とするのが自然主義だ。前回に書いたようにガリレイ以降、世界は数字で記述できるようになっていった。オッカムの剃刀のごとく、なるべくシンプルにたった1つに集約される真実を追い求める。近代以降の自然科学はこのように進化してきた。自然科学者の究極の夢は「統一理論」である。たった1つの理論で、世界のすべてを記述するのだ。
認識と存在について改めて問い直し、思弁的にポストモダンを乗り越えていこうというのが思弁的実在論としてまとめられる潮流だろう。思弁的とは、経験ではなく──つまり人間の主観に頼ることなく──存在を解き明かそうという意味が込められている。
個々の思想について分け入って解説するのは私には無理な話だ。『思弁的実在論入門』(グレアム・ハーマン著/上尾真道、森元斎訳/人文書院)では、当事者であるハーマンによって書かれている。「相関主義」を最初に提唱したメイヤスーの思弁的唯物論、ハーマンのオブジェクト指向哲学、ハミルトンらの超越論的唯物論、ブラシエの超越論的ニヒリズムについてそれぞれ章をわけて解説される。当事者が執筆しただけのことがあって、それぞれの思想の違いが明確になっており、立場や考えの違いによって全体像を眺めることができる。
グレアムハーマン (著)
上尾真道・森元斎 (翻訳)
人文書院
ISBN:9784409031094
