右翼の単独犯から日蓮主義、旧統一教会、岸信介まで──昭和と戦後の連続性を再考する
安倍元首相襲撃事件から見る日本のテロ史と宗教政治の深層
血盟団事件とデフレ政策
血盟団事件とは日蓮宗の僧侶であった井上日召が主導した小学校の教員や東大生をふくむグループで新興の仏教思想である日蓮主義を基本として、極右思想に基づく国家改造を目指した。
井上は茨城県大洗町の立正護国堂の住職をしながら若者らを取りまとめ、当時の国家体制を憂いた若者たちと研究活動ならびに鍛錬をする。海軍将校の影響でテロリズムに進んでいく。そして、ついにグループは元大蔵大臣の井上準之助、実業家の團琢磨を殺害する。
北海道大学准教授の中島岳志はその名も『血盟団事件』(文藝春秋)において、昭和金融恐慌が井上の金融政策が原因となり、その際、團が理事長を勤めた三井がドルの買い占めによって為替差益で私腹を肥やしたことを憎しみ恨んでいた。貧困問題の憎悪の標的になるのが経済政策、金融政策であることは言うまでもないが、テロリストや批判者たちが憎んだ以上に当時の金融政策の舵取りは困難なものであった。
井上準之助は金解禁、つまり金本位制への復帰によって経済を安定させようとした。しかし、これによってドルの買い占めが起きた。先述のように為替差益が狙われたためだ。金解禁は緊縮財政である。井上準之助は濱口雄幸内閣で大蔵大臣に就任する以前、日本銀行の頭取であった。通貨政策には自負があったと思われる。しかし、金解禁はうまくはいかなかった。
現在、評価されるのは井上準之助の前に大蔵大臣だった高橋是清の財政だ。高橋是清は世界でも最も早く世界恐慌から脱出させた「高橋財政」と言われる積極財政によって金本位制を停止して管理通貨制へ移行した。詳細は省くが、これは政府の管理で通貨を自由に発行する金融緩和である。現代でいえば、アベノミクスに近い考えと述べておく。デフレを進行させた井上準之助の財政と、インフレをよしとした高橋財政の比較は『高橋是清と井上準之助—インフレか、デフレか』(鈴木隆著/文春新書)でよくわかる。この二人の通貨と自由をめぐる対立は、あたかもケインズとハイエクの対立の日本版のようで面白い。『ケインズとハイエク—貨幣と市場への問い』(松原隆一郎著/講談社現代新書)といったタイトルの書籍も多数あることを付記しておこう。
さて、よく知られているように、高橋是清も二・二六事件によってテロリズムの犠牲者となっている。なんという皮肉か。
血盟団事件
文春文庫
ISBN:978-4-16-790620-7
インフレか、デフレか 高橋是清と井上準之助
文春新書
ISBN:978-4-16-660858-4
ケインズとハイエク―貨幣と市場への問い
講談社現代新書
ISBN:978-4-06-288130-2
危機の時代に宗教と政治は手を結ぶ
血盟団の首謀者、井上日召は実は日蓮宗の僧籍を持っていなかった。そんな井上を日蓮主義に向かわせたのは、田中智学の国柱会である。田中智学の日蓮主義は知識人や軍人に多大なる影響を与え、第二次世界大戦へと向かう思想形成の根幹を担っていると言っても過言ではない。日蓮主義の「道義的世界統一」という目的は、軍部をしてアジア進出を推し進めさせた。世界統一を意味し軍部がスローガンにした「八紘一宇」こそ、田中智学によるものである。国柱会そのものは既存の寺檀制度によって守られた仏教への批判からスタートしている。明治維新後に登場した新宗教と同じく既存仏教への革新トレンドのなかにある。余談だが、鎌倉新仏教─浄土宗、日蓮宗、臨済宗─も国難の時代に既存仏教を批判しながら登場していることは今年の大河ドラマでも明らかになっていくだろう。
危機の時代に登場する新興宗教の多くがそうであるように、国柱会も若者の心をつかんで発展の基礎とした。現状に満足な若者は新興宗教に帰依などしない。新興宗教に集まるのは現状に不満な若者たちだ。そうなると自然と思想は過激化していく。
今回、安倍元首相襲撃事件で俄に発覚しはじめている旧統一教会も登場時はまさに危機の時代であったし、若者への高い求心力をもっていた。戦後には、共産主義に対する危機感は絶大なものであり、共通の敵をもつ者どうしの連携は深められた。旧統一教会と自民党がそれである。思い出してほしいのは、旧統一教会への世間への批判が高まった時期は、ソヴィエトが崩壊し共産主義が終焉すると思われた時代だ。危機の後退が旧統一教会批判を進めさせたといえるだろう。
危機の時代に共通の敵をもつ宗教と政治は容易に手を結ぶ。政治への浸透はじわりじわりと時代の流れを変えていく。政治を変え時代の流れを変えてきたのは信仰に狂った若者たちだったのではないかとさえ思う。
大正末から昭和初期、国柱会の影響範囲は広かった。有名なところでは宮沢賢治も心酔者であった。身につまされるのは、宮沢賢治は友人に「日蓮宗なんか嫌悪していたが」と述べながら、国柱会、田中智学への思慕を語っていることだ。どんなに嫌悪、警戒しても宗教というのはちょっとした心の隙間に入りこむ。
国柱会は結果的に当時の日本の行く末を決めてしまう。それは石原莞爾という陸軍のエリートを信者に持ったことに起因する。石原は「八紘一宇」の思想に共鳴してアジア主義を唱え、上海事件を起こし盧溝橋事件を捏造して日中戦争の引き金を引く。
満州国の五族協和のビジョンも石原によって国柱会の思想が反映されたものだ。満州国建国宣言の際の巨頭集合写真には、満州も日本も国旗がなく「南無妙法蓮華経」の髭題目が垂れ幕としてかかっているのだ。
ここにもう一つ、歴史の皮肉を見ておくと、安倍晋三の祖父であり旧統一教会と非常に関係が深かったとされる岸信介は、満州国の有能な官僚であり満州でアヘン売買を資金源としていた。この資金がさまざまな工作活動に使われたのだ。
国柱会なくば、石原の思想なく、石原の思想なくば満州なく、満州なくば岸信介もなかった。そうは言えまいか?
国柱会がいかにして国を動かし太平洋戦争までの道のりを拓いたのかは、寺内大吉の『化城の昭和史—二・二六事件への道と日蓮主義者』上下(中公文庫)で仔細に分析されている。二・二六事件の思想的指導者であった北一輝もまた日蓮主義者であることも詳しく述べられており、昭和史と特定宗教の関係が浮き彫りにされる。思えば、私が満州国建国宣言の集合写真を初めてみて驚愕したのも、この本である。
寺内大吉は作家のみならず浄土宗の僧侶でもあり増上寺法主までを務めた。増上寺といえば先日、安倍晋三元首相の葬儀が行われた港区芝の大寺である。ここにも微かな歴史の連携を見る。
そういえば先に伏線といった。それは、太平洋戦争とは日蓮宗(国柱会)が始め、臨済宗(山本玄峰)が締め括ったとも言えるような気がするからだ。
昭和とその残滓の弔いを浄土宗がとりもった、のかもしれない。
化城の昭和史―二・二六事件への道と日蓮主義者〈上〉
中公文庫
ISBN:978-4122027176
化城の昭和史―二・二六事件への道と日蓮主義者〈下〉
中公文庫
ISBN:978-4122027183




