神話の構造がエンパワーする“人間”への帰依

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テキスト 桐原 永叔
IT批評編集長

旅と冒険を嫌うこと

私たちは神話によって価値判断を支援しようとする。神話的な構造を本能的に嗅ぎ取って、あるいは神話的な構造を知らず知らずに取り込むことで、世界のなかに階層をもたらし、その把握の助けにしているのかもしれない。ことに資本主義社会においてそれはブランドとして機能している。より高価なものは、ただ高価であるがゆえに隠された意味(コノテーション)を主張するのだ。持ち物が一流であれば、持ち主も一流であるという意味づけだ。

それは学歴や経歴、資格などあらゆるものに付随する作用であり、不確実性の高い社会ではブランドはますます私たちの価値判断のヨスガになる。

フランス思想に神話という概念を持ち込んだのは、構造人類学を打ち立てたクロード・レヴィ=ストロースである。神話に構造があると最初に見抜いたのもレヴィ=ストロースだ。レヴィ=ストロースはまた西欧中心主義をもっとも早く批判した知識人であった。非ヨーロッパの文化文明の研究によって、それまでの社会を支えていた絶対と思える価値を相対化してしまった。単に“未開”であり、やがてヨーロッパのように秩序だって洗練されていくと考えられていた非ヨーロッパの社会にも、すでに秩序と構造があり洗練があることを見抜いたからだ。

レヴィ=ストロースの構造主義は、人間中心主義への批判でもあった。そもそも、この人間とはヨーロッパ人のみを指すような場合も多い。前回にフーコーが終焉を予告した“人間(ヒューマニズム)”でもある。

中身より構造が先にあるとすれば、ヒューマニズムは成立しにくくなる。

人間の意志や思想が構造を求めるのではなく、構造が意志や思想を決定する。内容によって外見が変わるのではなく、外見に合わせて内容が決まると言ったらわかりやすいだろうか。この考え方はブランディングに通底している。デザインが機能や効果に優先される。記号が実態に優ることこそ、ブランドの本質だ。

レヴィ=ストロースは有名な『悲しき熱帯』ⅠⅡ(川田順造訳/中央公論新社)の劈頭で「私は旅や探検家が嫌いだ」と書き付ける。それは人間が中心の神話への拒絶のようにも読める。“人間”というコンセプトへの帰依を拒否しているように読める。

悲しき熱帯 Ⅰ・Ⅱ

クロード・レヴィ=ストロース 著

川田順造 訳

中央公論社

ISBN:978-4-12-160004-2

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