神話の構造がエンパワーする“人間”への帰依
消費社会の神話
現代において神話といえば、以前も取り上げたジャン・ボードリヤールの『消費社会の神話と構造』(今村仁司、塚原史訳/紀伊國屋書店)がすぐに想起されるかもしれない。今回、取り上げるのは神話とタイトルのあるもうひとつのフランス現代思想の書『神話作用』(ロラン・バルト著、篠沢秀夫訳/現代思潮新社)である。
バルトはボードリヤールと同じく記号による差別化、階層化が現代の神話を織りなすと論じる。バルトはその記号が有する機能を神話作用と呼ぶ。意味としては部分のみを示す記号が全体を象徴する場合、その記号は普遍性を得て流布される。さして意味のないものに、大きな意味を与える作用とも言える。それがマーケティングにおいてはブランドになっていくわけだ。
企業ブランディングにおいてはロゴやデザインといった記号が重要なのは言うまでもない。何となれば、現代の消費者は機能や効果ではなく、ブランドにこそ余分な金を使うからだ。
ブランドの神話性をもう少し掘り下げていけば、たとえばアップルの創業者、スティーブ・ジョブスの半生はもはや神話を逃れて語ることは難しい。その天才や運命は唯一無二の物語としてジョブスに刻印される。これこそ神話作用の最たるものだろう。ジョブズをみるまでもない。本田宗一郎や松下幸之助の生涯もそれはビジネスパーソンにとって神話であり不可侵なものだ。
現代の神話は、社会の価値体系のなかで意味づけされ現代的な価値を象徴していく。資本主義の勝者はやはりビジネスの成功者であり、それはアメリカ的な価値である。アメリカンドリームこそ現代の神話といえる。
バルトは神話作用をデノテーション(明示的な意味)とコノテーション(潜在的な意味)の二重構造と論じる。アップル製品は先進的機能と個性的なデザインというデノテーションによって、それを所有するユーザーのセンスや生き方をコノテーションとして示すのだ。スタバでマックブックを広げる行為(デノテーション)は現代的に自由な働き方をするビジネスパーソン(コノテーション)を象徴する。あらゆるブランドはこうしたストーリーを求める。
本田宗一郎は、中卒のエンジニアが世界に冠たる自動車会社をつくったという明示的な物語の内側に天才と努力によってしか成し遂げられない成果を得る選ばれし者という潜在的な意味が含まれて神話になるのである。
余談を加えれば、すこし前の時代ではあれば芸術家たちの半生もこのようにして神話化した。ベートーヴェンが、死んだイエスを抱くマリアの構図であるピエタに模して描かれたのは、ベートーヴェンを神格化する働きである。創作的苦悩というデノテーションは、神的才能というコノテーションを象徴しているのだ。ベートーヴェンの神格化については『聴衆の誕生 – ポスト・モダン時代の音楽文化 (渡辺裕著/中公文庫)が参考になる。この音楽家の神話も、たとえばジョン・レノンやカート・コバーンにまで引き継がれる。彼らにはさらに殉教者のイメージがあり、さらに神格化が進んでいる。
経営者や芸術家を神格化したいのは、もちろん私たちだ。
消費社会の神話と構造 (新装版)
紀伊国屋書店
ISBN:9784314011167
神話作用
現代思潮新社
ISBN:4329000598
聴衆の誕生 ポスト・モダン時代の音楽文化
中央公論社
ISBN:978-4-12-205607-7


