『メタバースとは何か』著者・岡嶋裕史氏に聞く
(3)日本のカルチャーが育むメタバースという異世界に対する想像力

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聞き手 桐原 永叔
IT批評編集長

「もう一つの世界」の出現は、これまでのリアルな社会を前提としていた私たちの認識に更新を迫っている。社会観や人間観、仕事観はどう変わっていくのか。また、ゲームやアニメの世界観をベースにするメタバースで、日本企業はどのようなポジションを確立できるのか。幾多のサブカルコンテンツで異世界コンテンツを持つ日本の優位性は活かされるのだろうか。

岡嶋 裕史(おかじま ゆうし)

1972年東京都生まれ。中央大学大学院総合政策研究科博士後期課程修了。博士(総合政策)。富士総合研究所勤務、関東学院大学経済学部准教授・情報科学センター所長を経て、現在、中央大学国際情報学部教授。『ジオン軍の失敗』『ジオン軍の遺産』(以上、角川コミック・エース)、『ポスト・モバイル』(新潮新書)、『ハッカーの手口』(PHP新書)、『思考からの逃走』(日本経済新聞社)、『ブロックチェーン』『5G』(以上、講談社ブルーバックス)、『数式を使わないデータマイニング入門』『アップル、グーグル、マイクロソフト』『個人情報ダダ漏れです!』『プログラミング教育はいらない』『大学教授、発達障害の子を育てる』(以上、光文社新書)など著書多数。

目次

AIにどんどん仕事をさせてベーシックインカムで暮らす

桐原 以前に「IT批評」で取材した井上智洋先生は、AIによる機械化経済になったらベーシックインカムが必須だとおっしゃっていましたが、岡嶋先生もベーシックインカムについて言及されています。

岡嶋 ベーシックインカム的なものはあったらいいなと思います。子どものころに、将来は機械が仕事を肩代わりしてくれるというビジョンを聞かされて育ったので、機械が何かやってくれるというのはすごいいいことだという世界観で育ったんです。それが、いざ実現しそうになると、「AIに仕事を奪われる」と言われだすのが不思議です。別にみんな仕事がそんなに好きではなかったはずなので奪われていいだろうって思っています。AIが利潤を獲得したときに、そこの会社が総取りするのではなくて、もし仕事を本当に奪ったのであれば奪った人に分けてあげればいい。

桐原 そういうことですよね。メタバースのなかで人格を持たない存在、モブキャラクターにAIで人格を与えて彼らが労働するということも十分考えらます。

岡嶋 彼らは、お金は必要ないでしょうから、じゃあ、上がりはこっちでちょうだいよと。

桐原 それこそ本当にギリシャの市民社会みたいなものができるかもしれませんね。AIに働かせて、われわれはより知的なことだけやるという。

岡嶋 それに近いことをやっている人たちはすでに存在します。botでゲーム内通貨やアイテムを得て、必要としているユーザーさんに売って収入を得ている人がいますが、あれはAIを使役してお金を儲けていますよね。すごく狭い範囲ですが、実現されているように思います。

桐原 その傾向は技術力が上がれば拡大する可能性が高いですね。その意味で時代が大きく変わろうとしている。セカンドライフのときも大騒ぎして、私がいた出版社でも書籍をつくったのをよく覚えていますが、当時はやっぱり技術が追いつかなかったということですよね。技術が追いついてユーザーも増えてくれば、ネットワーク効果で集まる人が増えてその分、利便性も上がりますし。

NFTは信じている人たちの間で価値が回っている状態

桐原 先ほどブロックチェーンの話も出ましたが、メタバースとNFTとの親和性も言われています。メタバース内で所有物の唯一性を担保するものとしてNFTが注目されています。可能性としては、どうなんでしょうか。私自身は、NFTも何度かブームを回さないと定着しないかなと思っていますが。

岡嶋 私も同じ考えです。あれもビットコインと同じだと思うんです。これが唯一だよねとか、所有権が移ったことになるんだよねというのは、法律で裏書きされているわけではないですから、そのブロックチェーンを信仰している人の間だけで有効な機能です。NFTで売買が成立していますが、日本の事情でいえば、デジタルのデータに所有権は認めていない。デジタル所有権を売りますというのは厳密に言えば嘘だと思うのですが、それが成立している。デジタルデータはコピーとオリジナルの見分けがつかないから、オリジナルを担保したいというニーズが強烈にあって、そういうニーズとブロックチェーン側の思惑が合致して成立しているのですね。この世界の中でだけ唯一性を証明しましょうとか、法律的に裏書きされてないけれど、所有権を移動したことにしましょうという話です。それを信じている人たちの間で価値が回っている状態だと思うので、すごく面白い現象だなと見ています。一方で、リアルの世界と折り合いがつくのかと言えば制度的にもまったく整合してないです。今おっしゃっていただいたように、何回かブームを回して、法整備もするという話になっていかないと定着するのは難しいかなと感じます。そして、法整備しようと言った瞬間にブロックチェーンって魅力的ではなくなる。

桐原 たしかにそうですね。国が決めた法とは相入れない側面がありますから。

岡嶋 国家から離れたところでお金を回すとか、価値を回すというのがブロックチェーンの基本の理念ですから。みんなが安心して使えるように法整備しようと言った瞬間に変質してしまうと思うんですよね。

桐原 リアルのほうに引きずり込まれて、魅力がなくなる。

岡嶋 楽天さんがNFTを始めましたけど、あれは意味がないというか、楽天が管理するんだったら、別にそもそもブロックチェーンじゃなくていいだろうという話です。楽天が中央集権的に担保しているのなら、既存のシステム、既存のビジネスでいいんじゃないかと。

桐原 そうですよね。それは、従来の所有の感覚とあまり変わらないですからね。ネットワークのなかで信用が創造されるから意味があるのであって、外側に担保を置いた瞬間に、もう通常の世界と変わらないということですね。

メタバースは「リアルをサボタージュする」過激思想

桐原 私は、NFTよりもメタバースのほうが世の中に対して過激な感じがするなと思ったんです。全員でリアルをサボタージュするって相当過激だよなと。

岡嶋 「リアルのサボタージュ」っていい言葉ですね。結婚しないとか子どもをつくらないっていう判断って、ある種リアルのサボタージュですよね。リアルに対して反旗を翻している。メタバースに集まっている人たちを、そういうキーワードでくくれるんだって、今すごく思いました。

桐原 『白鯨』のメルヴィルが書いた短編小説に『バートルビー』(光文社古典新訳文庫など)という作品があります。主人公が突然働かなくなる話です。会計事務所に入って、ものすごく優秀で働いていたのに、ある日、突然働かなくなる。なんで働かないのかと聞いても、理由も答えない。不条理なぐらい働かないんです。リアルのサボタージュにも同じような感覚を感じます。現実に対して、アクティビスト的だったり、革命的な動きだったりではなく、やんわりと拒否していくっていう感じが似ているなと思います。

岡嶋 たしかに、メタバースを切実に必要としている人たちは、こんな世界じゃやってられないよと、現実に対して「ノー」と言っているのだなと感じます。

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