救命の現場が求めつづける先端テクノロジー
上尾中央総合病院心臓血管センター長・一色高明氏に聞く(1)

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聞き手 桐原 永叔
IT批評編集長

AIの爆発的な進化にともなって喧しいのはある種の脅威論である。メディアや教育の現場に長く従事してきた人たちほどそうしたことを口にする。一方で、医療の現場はどうであろうか。テクノロジーの進化はより多くの命を救ってきた。時間と闘いつづける循環器救急医療に詳しい一色高明博士に聞いた。

一色高明

一色 高明(いっしき・たかあき)

上尾中央総合病院心臓血管センター長。帝京大学医学部名誉教授。医学博士。

1975年東北大学医学部卒業。81年に東京大学医学部第一内科助手。86年から米国・Alton Ochsner Medical Foundation留学。88年に帰国後、三井記念病院循環器センター内科科長、99年、帝京大学内科学教室教授(循環器グループ)を経て現職。専門領域は循環器内科学で、カテーテル治療の権威として知られ、多くの学会で要職を務める。特に日本心血管インターベンション治療学会の初代理事長として我が国の心血管インターベンションの発展に寄与。その後、上尾中央総合病院にて、上尾市および埼玉県央地域の循環器救急体制強化の一環として、循環器ホットラインの導入、救急車からの12誘導心電図伝送体制確立、モービルCCU導入など、病院内にとどまらない最先端のプレホスピタル循環器救急体制強化に取り組む。著書に『プレホスピタル12誘導心電図読影講座』(近代消防社)

目次

救命率が上がった急性心筋梗塞

 

IT批評・桐原永叔(以下、桐原) 一色先生のご経歴や著書である『プレホスピタル12誘導心電図読影講座』(近代消防社)を拝見すると、救急医療の現場ではテクノロジーの進化を追うようにずっと変化が起き続けているんだなということを感じました。時間短縮や効率化というテクノロジーのポジティブな側面を強く感じました。

一色高明氏(以下、一色) そうですね。日本人の死因の15%を占めると言われる心疾患のなかでも急性心筋梗塞は初期対応の成否が生死を分ます。心筋梗塞の患者さんの救命には、発症から1時間以内に適切な処置を行うことのできる専門病院に搬送されることが何よりも重要とされているのです。プレホスピタル心電図は現場で心筋梗塞と診断すると同時に、搬送先の病院にその情報を伝達することによって、治療開始を早めることができる点で大きな意義を持っています。その意味で種々のインフラを含めたテクノロジーの進歩は循環器救急に大きく寄与していると思います。ただし、そのためには救急隊との連携体制が構築されていることが前提です。

*急性心筋梗塞:心臓の冠動脈と呼ばれる血管がつまることで心筋(心臓の筋肉)が壊死してしまう病気で、持続する強い胸の痛みやしめつけ感を主な症状とする。

桐原 救急隊との連携が重要とのことですが、心筋梗塞に対する救急体制は十分でなかったのですか。

一色 2018年に「脳卒中・循環器病対策基本法」ができました。がんに対しては「がん対策基本法」によってがん治療が大きく発展し、がんの予後が改善してきました。循環器疾患は日本人の死因の2番目であり、高齢者の健康寿命を損なう原因となることから、今度は循環器病に対する法律をつくってほしいという要望を政府に働きかけ続けて、やっと実現したんです。

桐原 割と最近の話なんですね。

一色 法律の中身はかなり幅広いのですが、そのなかの一つに循環器の救急体制について全国的に体制づくりをしていかなければいけないという項目が盛り込まれているわけです。

桐原 プレホスピタルを充実させていくということですね。これまでにどのような課題があったのでしょうか。

一色 そうですね。心筋梗塞の治療法の歴史を辿ると理解しやすいかと思います。急性心筋梗塞*の患者さんは、私が大学を卒業した1975年ごろは約3割の方が亡くなっていました。

桐原 自宅でということですか。

一色 自宅や出先で亡くなる患者さんもあったのですが、病院に入ってから亡くなる方も少なくありませんでした。40年以上も前の話ですが、その頃は心筋梗塞に対する直接の治療手段はありませんでしたので、集中治療室に収容されても血圧や心電図をモニターして見ているだけだったんです。心臓の負担を軽くするような薬や器械もありませんでしたし。

桐原 現在の治療法はどんなものがあるのでしょうか。

一色 その後、年々治療が進歩しました。革命的だったのは、心筋梗塞というのは冠動脈が詰まるわけですけが、その詰まった血管を元通りに流れるようにしたことですね。

桐原 「再灌流療法」と呼ばれているものですね。

一色 そうです。再灌流療法の発展は2段階になっていて、最初は血栓溶解療法がおこなわれるようになりました薬で血管を詰まらせていた血の塊を溶かしてしまおうという治療法で、一定の効果がありました。特に発症の早い時期の血栓は比較的高い確率で溶けます。溶けることで血液が流れて、命が助かる方がたくさん出てきました。そのうちに、バルーンカテーテルと呼ばれる風船のついた細い管を血管の中に入れて詰まった狭い箇所を広げる治療が行われるようになりました。は心筋梗塞のように血栓のあるところに異物を入れるのはNGといわれていたんですけども、やってみたら血栓溶解療法よりも成功率が高く、さらに救命率が上がりました。

桐原 「カテーテル治療」と呼ばれるものですね。

一色 現在は「ステント」という筒状の金網を用いて血管壁を押さえ込む治療が主流になっています。このように20年、30年かけて治療法が進歩してきて、最近では、これらの治療ができる環境にあれば死亡率は5-6%にまで下がっています。

桐原 ずいぶん救命率が上がったのですね。

一色 症状が出てからすぐにカテーテル治療ができる病院に運ばれれば、そのぐらい助かるんです。太い血管が詰まったような重症の方でなければ亡くならずに退院できるところまできています。

桐原 それは30年前であれば助からなかった命ですね。

一色 何もしなければいまでも3割ぐらいの方は亡くなるかもしれません。例えば血管が詰まって苦しかったのにすぐに病院に来ないで何時間も我慢してしまうと詰まった部分の心筋が全部壊死してしまいますから、あとから血流を再開させても助かる心筋が残っていません。そうなると、入院してから心不全になりやすく、それを乗り越えてなんとか退院できても心臓の機能が落ちたまま生活していくことになります。

桐原 治療の早い遅いが予後にもかかわるのですね。

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