東京大学教授・松原仁氏インタビュー(1)
AI研究の軌跡と未来──東京大学 松原仁教授が語る「心」と人工知能の関係

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聞き手 桐原 永叔
IT批評編集長

いち早く画像認識AIに取り組んだ大学院時代

桐原 その頃はやっと第2次AIブームにさしかかるぐらいですよね。その前の第1次AIブームは、日本ではそれほど認知されてなかったんですか?

松原 私が大学に入ったのが1977年、大学院が81年でAIUEO設立は77年頃です。第1次AIブームは1950年代から60年代半ばなので、私の生まれる前後だし、日本にはほとんど入ってこなかったんです。50年代はまだ戦後間もない頃で、今日食べるものに苦労していましたから。日本でAIが話題になったのは、80年代半ばからの2回目のブームのときで、いわゆるエキスパートシステム〈後述〉ですね。その時代に、私をクズ呼ばわりした先生がAIを研究すると言って研究予算をもらっていて、「大人ってすごいなー」と見ていました(笑)

桐原 大学院時代は具体的にはAIの何を研究されていたんでしょうか?

松原 井上先生は何をやってもいいよとは言ったけれど、一つだけ条件があって、「ロボットのAIをやりなさい」と。私は大学に入ってすぐに将棋のプログラムを書きはじめていたのですが、先生は、将棋のAIでは博士号は取れないということをおっしゃりたかったのだと思います。そこで最初に取り組んだのが画像認識だったのです。当時、ハンドアイシステムという関節の角度を指定すると動くというシンプルなロボットがあって、それにカメラを取り付けて、カメラが認識した情報を腕に伝えて積み木を持ち上げるという研究をやっていました。レベルはともかくとして、ルールベースで書いた画像認識AIということでは、世界でも最も早い部類に入ると思います。そのほかにも、家にはコンピュータがなかったので、大学のコンピュータをこっそり使って将棋のプログラムを書いたりしていました(笑)

桐原 すでに画像認識だったんですね。でも画像認識AIというとどうしても現在のディープラーニングで行うものと考えてしまうんですが、ルールベースでの画像認識というのはどういうものなんでしょう?

松原 こういう画像を認識したらこうしなさいという、「if→then」の動きをコンピュータに学習させるというものです。ただしすべての状況をプログラムに書くことはできないので、例外的な状況に対応できないという、いわゆる「フレーム問題」に突き当たりまして、その後、フレーム問題に関する論文をいくつか書きました。

桐原 フレーム問題とはAI研究者のジョン・マッカーシーとパトリック・ヘイズが提起した問題ですよね。AIは有限な情報処理しかできないために、人間のように無限な選択肢を前にすると、それらを無視したりしぼったりすることができない。将棋や囲碁でもプロ棋士は、候補手をある程度しぼって考えていますが、AIはそういうことが得意じゃなかった。数億通りを考えてしまっていた。

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