量子コンピューターを理解するための 量子力学入門
第3回 「1つの電子は同時に複数の場所に存在する」──2重スリット実験で示された量子力学の実在論

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テキスト 松下 安武
科学ライター・編集者。大学では応用物理学を専攻。20年以上にわたり、科学全般について取材してきた。特に興味のある分野は物理学、宇宙、生命の起源、意識など。

「波と粒子の二重性」をどう理解する?

電子は粒子でも波でもない“第3の何か”

「波と粒子の2重性」について、「電子は粒子でもあり、波でもある」と説明されることがよくあるが、個人的にはこの表現は誤解を招くのではないかと考えている。マクロな世界の粒子と波は相反する性質をもち、本来両立できるものではないからだ。電子は粒子のような性質をもち、かつ、波のような性質ももつが、粒子や波とは”別の何か”なのである。「電子のようなミクロなモノも、私たちが知っているマクロな世界の常識に基づいて説明できるはず」と考えるのがそもそも間違いなのだ。私たちがこれまで知らなかった種類の何かがミクロの世界には存在する、ということを、量子力学は明らかにしたのである。

複素数を使わないと説明できない量子現象

さて、前述したように、電子の波の変位(x軸からの距離)が大きい場所ほど、電子の発見確率が高くなる。これを数式で表したものが波動関数だが、実は波動関数が取る値は、普通の数(実数)ではない。波動関数は一般に「複素数」の値をとるのだ。

複素数について復習しておこう。0以外の普通の数は、2乗すると必ず正の値になる。正の数を2乗すると、もちろん正になるが、負の数も2乗したら必ず正になる。例えば、-2の2乗は、(-2)×(-2)で4になり、これは正だ。しかし数学者たちは「2乗して-1になる数」というものを考え出した。それが虚数iである(正確には、iは「虚数単位」と呼ばれる)。式で表すと、i2=-1ということになる。aとbを実数としたとき、a+biで表される数が複素数だ。

虚数はよく「存在しない数」などと呼ばれる。しかし電子のようなミクロな粒子は、虚数(複素数)を使わないと、その振る舞いを正しく説明できないことが分かっている。複素数という”拡張された数”を使って電子の波を表すことで、初めて量子力学の不思議な現象を説明することが可能になるのだ。

量子力学、すなわち自然界の法則には、虚数の存在が不可欠なのである7。その意味では、虚数を「存在しない数」と呼ぶのは不適切だと言えるだろう。私たちの存在もミクロな視点から見れば、ある意味で虚数的(複素数的)なのだから。

電子の波(波動関数)は観測前は複素数的に振る舞う。しかし観測すると、その実数的な姿、すなわち粒子としての姿を現わす。私たちが電子の波について不思議に感じ、量子力学についてなかなか実感をもって理解できないのは、私たちの思考が実数的だからなのかもしれない。

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