トリプルアイズ新CEO・片渕博哉氏に聞く
第3回 製造業×フィジカルAIの可能性
フィジカルAIが次の主戦場になるなか、トリプルアイズは囲碁AIから始まる独自の技術資産を武器に、製造現場を中心とした実世界の課題に挑もうとしている。膨大な選択肢から最適解を導く「探索」、空間を理解する「認識」、そして価値を生む「生成」。この3つを組み合わせ、グローバルテックとは異なる勝ち筋をどう描くのか。同社の戦略に迫る。
取材:2025年11月14日 オンラインにて
![]() |
片渕博哉(かたぶち・ひろや) 株式会社トリプルアイズ代表取締役CEO 1991年生まれ。東京都出身。東北大学理学部中退。2016年にトリプルアイズにエンジニアとして入社し、開発業務に従事した後、AIに関する研究開発のリードエンジニア、囲碁AIソフトウェア開発マネージャー、AIエンジニア教育サービスの責任者、画像認識プラットフォーム・AIZEの開発責任者、DXS事業責任者等を歴任。23年より執行役員を務め、DXS/AI 事業責任者、当社グループのAIに関する研究開発責任者、事業計画の策定等を担当。またイベント登壇、企業セミナー、技術記事寄稿など外部発信も積極的に行う。25年11月26日より現職。 トリプルアイズHP |
フィジカルAI時代の勝ち筋を読む
─東大の松尾豊研究室の鈴木雅大先生に「世界モデル*4」の話を伺ったときに、人間は物理空間のなかで、それこそ無量大数レベルの選択肢のなかから最適な行動をとっていると。目の前にあるコップが倒れれば水がこぼれることは人間には瞬時に理解するけど、AIは学習をさせないとできない。物理空間には無限の選択肢が溢れているから、AIには学習しきれないだろう。それをどうやってシュミレーションするのかという技術が世界モデルとして、囲碁AIの探索のテクノロジーが活きる分野なのですね。
片渕 そこは絶対にかかわってくると思います。
─「世界モデル」の研究はAIの長年の難問であったフレーム問題*5を解決しうる可能性を言われています。フレーム問題が解決すれば、いよいよ人間のようにAIが振舞えるようになる。それはフィジカルAIが目指しているものとも同じですよね。フィジカルAIはどんな分野にブレークスルーを起こすでしょうか。
片渕 すぐに思い浮かぶのは製造現場ですね。日本はAI開発でグローバルテックに比べて学習データが不足していると言われています。日本版LLMの最大のネックは日本語データの少なさですよね。一方で、国内の製造業を見ると、世界的にも豊富なデータが埋蔵されています。戦後から綿々と続く日本の製造業はまさにデータの宝庫と言ってもいいんじゃないかと思っています。もちろん、そのままAIがインプットして使えるデータにするにはひと手間かかるとは思うのです。つまりDXが必要なんですが、そのあたりについても、メーカーさんと共同で取り組んでいるところです。幸いにも、当社はグループ企業にデータセンターを運営して計算資源を持つ会社もあるし、製造業の最たるものである自動車の設計会社もあるので、いろんな意味でフィジカルAIを開発していくアドバンテージがあります。
─囲碁AIから顔認証、そして生成AI、フィジカルAIへという一連のコンセプトは、どのあたりから考えていたのですか。
片渕 生成AIが出てきたときにはもう考えていました。「ヒト、モノ、カネ、時間」という資源による競争では、グローバルテックには歯が立たないのはわかっていました。スタート地点が全然ちがうので、競争のしようがない。
─日本企業の優位性はどこかみたいな議論がここ3年ぐらいずっと行われていますね。ドメインで勝つとか、おもてなしで勝つかとか、群知能*6のような機能特化の小型のLLMの集合で勝つかみたいな。
片渕 それを考えるのはすごく大事なことです。生成AIのメガクラウドがどういう開発のメインストリームを狙っているのかというところは常に注目しておかないといけない。たとえば、単純なRAGのサービスはノートブックLM*7で事足りるよねとなりますし、ワークフローを自動化するAIをつくってもClaude Skills*8で事足りるよねとなると思います。そうなったときに、メインストリームではないところを開発していることがすごく重要で、それが技術としては画像認識・顔認証であり、ターゲットとしては製造業だと思うんです。そこは生成AIが入り込みづらい分野で、セキュリティの要求が高いところには絶対に手を出してこないだろうと考えています。そこで自分たちは戦ってきたので、蓄積した資源を活かしていこうと思って、開発のコンセプトを整理したという次第です。
─そういう考え方は、最近の経営理論で言われている「エフェクチュエーション*9」に近しいですね。自分たちが持っている資源で最大値を目指すという発想だったってことでしょう。
片渕 そうですね。ゼロからやるということではなくて、自分たちが培ってきた技術に未来の意味を見出す、価値付けしてあげるという作業が重要なんだと思います。
*4 世界モデル:「外界(世界)から得られる観測情報に基づき外界の構造を学習によって獲得するモデル」。世界モデルが知能のベースにあって、その上にさまざまな知的な機能が実現できると考える。世界モデルは「子供の知能」にあたり、親から教えられなくても、外界と相互作用して世界がどういうものかを「直感的」に理解する。世界モデルを持つことによって、「予測」と「推論」の2つが実現できるとしている。
*5 フレーム問題:状況の変化に応じて“何を考慮し、何を無視してよいか”を自律的に選び取る難しさを指す。ロボットが行動のたびに無限の影響を検討し続けてしまうという問題で、合理的な文脈設定の困難さを象徴する概念として哲学・認知科学にも広く影響した。
*6 群知能:アリやミツバチなどの集団行動に見られるように、個々は単純な規則で動いていても、全体として高度で適応的な知的振る舞いが生まれる現象を指す。AIやロボット工学では、この分散的協調の原理を最適化や探索、制御に応用する手法として発展している。
*7ノートブックLM:Googleが提供するAI搭載のリサーチアシスタント。アップロードした資料(PDF、YouTube動画、Googleドキュメントなど)を読み込ませて、AIが内容を要約したり、質問に答えたりしてくれる。従来の生成AIと異なり、アップロードした資料のみを知識源とするため、不確かな情報(ハルシネーション)を抑制できるのが大きな特徴
*8 Claude Skills:Claudeに専門的なタスクを実行させるための「専門知識パッケージ」のこと。従来のプロンプトのように毎回指示を入力する代わりに、一連の指示、スクリプト、設定ファイルをフォルダにまとめて保存し、必要に応じてClaudeが自動で呼び出して使用する。
*9 エフェクチュエーション:インド人経営学者サラス・サラスバシーが提唱した、卓越した起業家に共通する意思決定プロセスや思考方法を体系化した市場創造の実行理論。
企業ビジョンの意味を更新していく
─トリプルアイズは経営理念に「テクノロジーに想像力を載せる」を掲げていて、これは創業者である福原智さんが掲げたビジョンであると思うのですが、片渕さんはどんなふうに解釈していますか。
片渕 福原さんが語った言葉で印象に残っているのは、「人が言葉にできることとはシステム化できる」というもので、自分自身を顧みても、「情報を整理して、言葉にして伝えること」が得意で、プログラミングも実は同じ構造を持っていると思っているんですね。抽象と具体、構造と表現、その往復運動こそが、コンサルティングや要件定義・設計・開発・テストのIT基盤になるのだと考えています。
想像力って、つまり言葉の力だと思うのですが、それをテクノロジーに翻訳して世の中にデリバリーしていくのは、これからも変わらない当社の使命である思います。
─なるほど。想像力はAIのものではなくて、人間のものとして考えるべきものだと思っています。人がどうあるべきか、社会をどんなふうにしていきたいのか、研究開発にしてもテーマを設定するのは人にしかできない行為ですよね。
片渕 そうだと思います。企業理念って、掲げていればいいものではなくて、そこの意味づけは現役で働いている一人ひとりが考えつづけるべきものだと思っていますので、自分も新しい時代の意味付けを更新しつづけたいと考えています。LLMが進化したらエンジニアが不要になるみたいな話もあるなかで、トリプルアイズがなぜ積極的に新卒採用をやっているのか。結局、トリプルアイズは技術者の会社なんです。技術のアセットで今後も社会貢献できる軸は何かって考えたときに、うちにしかできない技術を地道に磨いていくのが成功への近道だと確信しています。(了)
