半導体から読み解く現代テクノロジー入門
第5回:ポストシリコン時代の到来──量子・光・スピントロニクスが描く未来
かつて半導体産業は「ムーアの法則」に従い、2年ごとにトランジスタ数が倍増、性能が向上するとされてきました。しかし、2020年代に入り、7nm→5nm→3nmと進む中で、その微細化の恩恵も陰りを見せています。
具体的には、トランジスタ間の距離が数ナノメートルになると、量子トンネル効果により電子が漏れ出し、回路が意図せず動作してしまうといった不具合が生じます。また、微細化による発熱や電力消費の増加も深刻化しており、演算性能向上とエネルギー効率の両立が難しくなっています。
こうした背景から、「ポストムーア時代」「ポストシリコン時代」と呼ばれる新たな潮流が生まれています。これは単にシリコン以外の素材を使うという意味だけでなく、物理原理そのものを変えるという技術的転換を意味しています。
目次
シリコン限界説とその先の技術
1950年代のトランジスタ登場以来、シリコン(Si)は半導体産業の主役を担ってきました。PC、スマートフォン、データセンター、そしてAIチップに至るまで、私たちのデジタル社会は「シリコンに書かれたロジック」の上に築かれてきたと言っても過言ではありません。その中核を成すのが、トランジスタの集積度を高めることで性能を向上させるという“ムーアの法則”でした。
ムーアの法則とは、「半導体の集積密度(=トランジスタ数)は約18〜24ヶ月で倍増する」という経験則であり、50年以上にわたって驚異的な進化を支えてきました。しかし近年、この法則の継続が限界に達しつつあります。現在主流のロジック半導体は3nmプロセスまで到達しましたが、これ以上の微細化にはさまざまな物理的・経済的障壁が立ちはだかっています。
シリコンを使ったMOSトランジスタでは、電子の流れをゲートで制御しますが、トランジスタが数nm(ナノメートル=10億分の1メートル)スケールになると、制御が効かなくなります。その最大の理由が、「量子トンネル効果」です。これは、物理的には“通れない”はずの障壁を、量子の世界では電子が“すり抜ける”ようにして現れる現象で、回路が意図しない動作をしてしまう原因になります。
また、配線の細さに比例して抵抗やキャパシタンス(電荷の貯まりやすさ)が増大し、信号の伝達速度や回路の応答性にも影響します。これにより高クロックでの動作が難しくなり、設計の自由度も低下しているのが現状です。
もう一つの重大な限界が「発熱と電力消費」です。微細化により電圧は下がったものの、トランジスタ数の増加により消費電力はむしろ増大傾向にあります。さらに、高集積化により同じチップ内に密集したトランジスタが同時に動作することで局所的な熱が発生し、“熱だまり(hot spot)”が問題になります。
この結果、熱暴走を避けるために動作クロックを制限せざるを得ない「ダークシリコン問題」も浮上しています。つまり、回路は物理的に存在していても、熱の問題から“動かせない領域”が出てくるというジレンマです。
さらに、微細化のための製造装置・材料・プロセス技術の高度化により、ファブ(製造拠点)の建設費は天文学的な額に膨れ上がっています。TSMCの最先端3nmファブでは1兆円以上の投資が必要とされ、5年以内の回収はほぼ不可能です。つまり、「技術的には可能だが、経済的には持続不可能」という新たな限界が顕在化しているのです。
こうした三重の限界──物理・熱・経済──に直面し、今、半導体業界は“素材”と“原理”の両面からの見直しを迫られています。これが「ポストシリコン技術」と呼ばれる新領域の登場です。
ポストシリコンには大きく3つの方向性があります:
- 素材の代替:シリコンを超える性能を持つ材料(例:ガリウムナイトライド、グラフェン、窒化ホウ素など)
- 物理原理の転換:スピン(磁気的性質)や光、量子の利用
- アーキテクチャの革新:脳型コンピューティングやハイブリッド型演算の採用
これらの技術は単なる“延命策”ではありません。むしろ、演算の本質──「0と1で世界を記述し、変換する」というロジックそのものを再定義する契機として位置づけられています。
私たちが使うスマートフォンやAIは、物理的には極小のチップ上でトランジスタがスイッチのようにオン・オフしているだけです。そこに意味が生まれるのは、膨大な論理構造(アルゴリズム)と、現実の物理層(素材や構造)が正確に噛み合っているからにほかなりません。
しかしこの“物理的土台”が揺らぎはじめた今、次なる情報処理の手段とは何か?──この問いに対し、光を使うフォトニック回路、磁気のスピンを用いたスピントロニクス、さらには量子現象を活用する量子コンピュータといった技術が次々と台頭してきています。
ムーアの法則が終焉を迎えたいま、私たちは「演算とは何か?」「情報とは何か?」という根源的な問いに直面しています。
光半導体・フォトニック回路
情報の伝達を“光”で行う──そんな発想はもはや未来の話ではなく、現実のテクノロジーとして急速に進化を遂げつつあります。光ファイバー通信に代表されるように、光はすでに「伝送」の世界では当たり前の手段となっています。では、「演算(計算)」にも光を使うとしたら?
この問いに真正面から挑んでいるのが、フォトニックコンピューティング(Photonic Computing)やシリコンフォトニクス(Silicon Photonics)と呼ばれる技術群です。電子の代わりに光子(フォトン)を用いて、情報処理を行う試みが世界中で本格化しています。
半導体における従来の情報処理は、電子の移動によって行われてきました。しかし、電子には以下のような構造的な限界があります。
- 熱が発生する: 電子の移動によりジュール熱が生じ、冷却コストが増大
- 伝達速度に上限がある: 電子は導線中を比較的遅く移動する(10⁶〜10⁷ m/s)
- 干渉(クロストーク)が起きやすい: 電磁場の影響により、隣の回路と信号干渉する
一方、光子にはこれらの弱点がありません。真空中ではもちろん、光導波路中でも極めて高速に移動し、熱も発生せず、相互干渉もほとんどありません。これがフォトニックコンピューティングが注目される最大の理由です。
「光で演算する」と言っても、完全に光だけで構成されるチップは現時点では実現が難しく、主流は電子と光の“融合”型です。この分野で最も注目されているのが「シリコンフォトニクス」です。
シリコンフォトニクスは、シリコン基板の上に微細な光導波路を形成し、電子回路と並行して光回路を構成する技術です。これにより、デジタル信号を光信号に変換し、チップ内外を高速・低消費電力でやり取りできるようになります。演算機能そのものを光で行うアナログ演算型フォトニック回路も研究が進んでいます。
実用化が期待されている分野は以下のとおりです:
- AI処理: 光干渉を利用した行列演算が高速・低消費電力で可能
- データセンター: サーバー間の通信を光で統一し、レイテンシを大幅に削減
- 量子コンピューティングの制御基盤: 光ベースの量子ビット制御(フォトニック量子コンピュータ)との親和性
実際、Intelは「Horse Ridge II」チップで量子デバイスのフォトニック制御を研究中であり、日本ではNTTが「光電融合デバイス」の実用化を進めるIOWN構想を推進しています。GoogleやMetaも、自社AI用チップに光回路を組み込む方向で研究を進めています。
ただし、光はすべてを解決してくれる“魔法の弾丸”ではありません。課題も存在します。
- 回路の大型化: 光の波長は電子より大きいため、導波路の設計が大型化しやすい
- 制御の難しさ: 光は制御素子が少なく、可変性のある演算が困難
- 加工の難易度: ナノスケールでの光導波路形成は極めて精密な技術が必要
そのため、当面は「部分的な光化(部分光演算)」や「チップ間通信の光化」が主流であり、「完全光コンピュータ」の実現にはもう一段の技術革新が求められます。
AIの急成長により、GPUやTPU(Tensor Processing Unit:Googleがディープラーニング処理のために設計・開発したチップ)などの演算装置が大量の電力を消費することが社会問題になりつつあります。例えばChatGPTのような大規模言語モデルでは、推論処理1回あたりの電力コストが極めて高く、環境負荷も無視できません。
このような中、熱を出さず、並列に信号を伝達できる“光”の利点はますます注目を集めており、AIとフォトニック技術の結合は「技術革新」と同時に「社会課題の解決」にも直結しています。
トランジスタによるデジタル演算(0と1)とは異なり、光干渉や波の重ね合わせを利用するアナログ演算も可能になります。すでに、MITやカリフォルニア工科大学では、光干渉で行列演算をリアルタイムで行うフォトニックチップが試作され、AI用の前処理装置として期待されています。
つまり、光技術は「デジタルVSアナログ」の二項対立を超えて、“連続的な信号処理”という第三の演算軸を提供する可能性を持っているのです。
スピントロニクスとは?
「スピントロニクス(spintronics)」とは、電子のもつ“スピン”という量子力学的な性質を情報処理に活用しようとする技術分野のことです。これまでの半導体は、電子の“電荷”を使って情報の0/1を表現してきました。スピントロニクスは、そこに「スピンの向き(上/下)」というもう一つの自由度を加えることで、新しい演算・記憶の可能性を開こうとしています。
スピンとは、電子が自転しているかのような性質を持つ、量子力学特有の概念です。直感的には、「電子が小さなコマのように回っている」とイメージしても差し支えありません。実際には自転しているわけではありませんが、この“回転”には「上向きスピン」と「下向きスピン」という二つの状態があり、それが0と1のように情報の単位として使えるのです。
電子のスピンは、磁場の影響を受けて向きが変わります。この性質を使えば、磁気的に情報を記録・制御することが可能になります。これは電荷だけを使う従来の技術とは根本的に異なるアプローチとなります。
スピントロニクスの応用例として最も知られているのが、「MRAM(Magnetoresistive Random Access Memory)」です。MRAMは、スピンの向きによって磁気抵抗が変化するという現象を利用して情報を記録する、不揮発性のメモリです。
- 電源を切っても情報を保持できる(不揮発性)
- 書き換え速度が非常に高速
- 消費電力が少ない
- 書き換え寿命が長い(劣化しにくい)
既にSamsung、TSMC、GlobalFoundries、富士通などが量産に取り組んでおり、組み込み用途(自動車、産業機器、IoT端末など)での採用が始まっています。
スピントロニクスは、単なる「記憶技術」にとどまりません。電子のスピン状態を“論理演算”に活用する「スピンロジック」や「スピン波演算(magnonics)」といった技術も研究されています。
たとえば、スピン波(マグノン)を使った論理ゲートでは、複数のスピン状態が干渉し合うことによって演算結果が得られます。この方式はエネルギー消費が極めて小さく、論理回路の“超省電力化”が期待されています。
さらに、電荷移動がないため熱が発生しにくく、冷却コストが削減できるという副次的効果もあります。
スピントロニクスが注目されている背景には、AIやIoTの普及による「エネルギー効率の壁」があります。AI演算に使われるGPUやTPUは、膨大な電力を消費します。これに対し、スピントロニクスは“低電力で高頻度な書き換えが可能な演算・記憶”を実現する技術として注目されているのです。
また、スピントロニクスは「メモリとプロセッサの境界を曖昧にする」という特徴を持ちます。従来のコンピュータは、データをメモリから読み込み、演算し、またメモリに書き戻す必要がありました。しかしスピンデバイスでは、“記憶と演算が同じ場所で行える”ため、データの移動が減り、構造的な効率性が飛躍的に向上する可能性があります。
もちろん、課題も存在します。スピンの制御には高精度な磁場制御が必要であり、集積化や製造コスト、他の回路との整合性といった点でまだ発展途上です。また、量産化に向けた標準化も業界全体で進められている段階にあります。
とはいえ、既にMRAMは一部の市場で実用化が進んでおり、今後は“スピン演算”によるプロセッサや、AI推論向けの演算素子としての活用も現実味を帯びてきています。
スピントロニクスの「記憶と演算の融合」という特徴は、この後紹介する「ニューロモルフィック・コンピューティング」と非常に親和性の高い概念となります。ニューロモルフィックは、生物の神経回路を模倣することで、情報を脳のように処理しようというアーキテクチャです。
このように、ポストシリコン時代の技術は単体で進化するのではなく、互いに連携し合いながら、より柔軟で効率的な情報処理システムへと進化しつつあります。次章では、「脳のように考えるコンピュータ」がどのように実現されようとしているのかを見ていきましょう。