経済学者・井上智洋氏インタビュー(3)
「頭脳資本主義」の時代をいかに生きるか?
前回は、テクノロジーによる社会変革に取り残されつつある日本企業と、「デフレマインド」を内面化した私たちの生活がテクノロジーにどのように影響されるのかを話してきた。
インタビュー最終の今回は、単純な労働力の経済性ではない知的な生産力の経済性の社会である「頭脳資本主義」の時代の訪れについて訊いた。AI大分岐によって、先進国から脱落しうる日本において、次の世代はいかなる社会を生きることになるだろう。
AI大分岐による国家間の格差、頭脳資本主義による個人の経済格差など、“中間”や“平均”といった概念がまったく変わろうとしている。
しかし、次に来る社会では確実に人間とAIの格差は縮まるはずだ。問われているのは、AIとともにいかなる社会をつくるかということかもしれない。
井上 智洋(いのうえ ともひろ)
駒澤大学経済学部准教授。専門はマクロ経済学、貨幣経済理論、成長理論。
慶應義塾大学環境情報学部卒業後、IT企業を経て、早稲田大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。2015年から現職。博士(経済学)。人工知能と経済学の関係を研究するパイオニアとして、学会での発表や政府の研究会などで幅広く発言。AI社会論研究会の共同発起人をつとめる。著書に『「現金給付」の経済学』(NHK出版新書)、『人工知能と経済の未来』(文春新書)、『ヘリコプターマネー』『純粋機械化経済』(以上、日本経済新聞出版社)、『AI時代の新・ベーシックインカム論』(光文社新書)、『MMT』(講談社選書メチエ)などがある。
目次
AIの社会実装はなぜ進まないのか?:企業文化とDXのジレンマ
桐原 著書に書かれているAI大分岐ですが、これはAIが汎用性を獲得することが前提になっていると考えてよろしいですか?
井上 そのあたりは少し自分の考えを修正しました。汎用AIができたら世の中がガラッと変わるだろうと見ていたのですが、どうも汎用AIの研究が目に見えて進んでいるように思えない。そこで、汎用AIをつくらずにどこまで生産活動を自動化できるのかと調べています。これは、金融・小売・物流・建設・農業・医療など業種ごとに早い遅いがあるので、分けて考える必要があります。たとえば物流だと日本政府は2030年までに完全無人化にするという目標に掲げています。私が検証した限りでは2030年に必要な技術がだいたい出揃うぐらいで、そこから普及するのに15年ぐらいかかるのではないかと見ています。ですから物流の完全無人化は2045年ぐらいかなと。建設はもっと難しくて、鳶職の人たちはとても不安定な場所で作業しているのですが、足下のバランスも難しいし手先の器用さも必要とされる仕事です。窓枠をはめるだけのロボットや鉄骨を組み立てるだけのロボットならできると思うんですが、鳶職の人がやっている一通りのことをできる建設現場用の汎用ロボットが現れるまでには2040年まで待たなければならないんじゃないかと推測しています。ただし、業種によって早い遅いはあるにせよ、自動化の方向に向かうのは間違いないことです。
桐原 AI大分岐でのテイクイフの時期について、中国と日本では20年ぐらい差がつくと書かれていますが、そんなに差がつくものですか? 中国で新しい技術ができたら日本でもすぐにキャッチアップしそうなものですが。

『純粋機械化経済』より抜粋。井上智洋氏作成)
井上 技術の仕組みを学ぶのはすぐにできても、難しいのは導入です。技術がつくられてから導入されるまでの時間に中国と日本ではものすごい開きがあるなと常々感じています。そもそも日本はセルフレジの導入が欧米と比べても遅かったんですが、今でもセルフレジをあまり使っていないですよね。なぜ導入に時間がかかるかというと、経営者が「面倒くさい」とか「よくわからない」とか、「コストがかかるから」という理由で導入しない場合もあれば、「消費者の方が慣れないだろう」「使わないだろう」という理由で導入しないケースもあるんですね。
桐原 経営側からすると、AIに置き換わるからといって正規雇用の社員を辞めさせるわけにはいかないという点も見逃せませんよね。たとえば倉庫でのピッキングをAIによる自動化にと考えていても、ベテラン社員がいたりすると簡単にクビにはできず自動化を見送ったり。人が集まる組織の長として当然のことかもしれません。また、コスト的にも自動化より人を雇うほうが安かったりする。そうした事情が重なって、一旦、自動化を先送りすることに経済合理性があるようにもみえる。
井上 日本がDX全般で遅れている理由はいろいろ考えられますが、そのうちのひとつが終身雇用です。終身雇用というのは、人件費が固定費になってしまっていて、一度、雇った人をクビにできないのであれば、雇った人にそのまま作業をやってもらったほうが安くつくという構造なんです。人の代わりに自動機械を導入するなら安くなりますが、人はクビにできないうえに、機械を入れてしまうと、そのままコストが上乗せされてしまうのでそんな決定はできないわけです。だから、終身雇用をやめましょうと主張したいわけではないですが。
桐原 トヨタの社長が、エンジンの開発技術を枯れさせたくないから、そうそう全部電気自動車にするということではないと談話しています。雇ってきた人はクビにできないし、守ってきた技術も簡単には手放すことができないんでしょうね。人情としてはよく理解できるのですが。
井上 でも結局、方針転換せざるを得ないと思います。日本の自動車会社は2015年頃には、自動運転技術に強い抵抗感がありました。運転する喜びとかひっくるめて車をつくって売ってきたという思いが強かったからです。ところが欧米に遅れをとっていることがわかると、しばらく経ってから方針転換をしましたよね。みんなが自動運転のほうを向いたので、「ああ未来はこっちにあるのか」と気がついた。私みたいにはたから見ていても、なんでこんなに動きだしが遅いのかなと感じるところはあります。
