アート✕ゲーム✕社会問題で現実をクエストする アーティスト・藤嶋咲子氏に聞く
第3回 ゲーム上で揺さぶられる役割取得と役割演技

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聞き手 都築 正明
IT批評編集部

ゲームは現実を完全に相対化できるのか。藤嶋氏の作品「WRONG HERO」は、ジェンダーの役割や規範を「プレイ可能な現実」として提示する試みでもある。女性主人公がヒロインになる予定調和を拒んだとき、私たちがいかなる役割を演じ/演じさせられているのかという前提が静かに揺らぎはじめる。

2026年1月9日 シビック・クリエイティブ・ベース東京 [CCBT]ラボにて

 

藤嶋 咲子(ふじしま さきこ)

アーティスト。アート×ゲーム×社会問題をテーマに活動。2次元と3次元、フィジカルとデジタルが混じり合う領域で作品を展開。AIを活用した《デジタル・ペルソナ-二つの声》では、異なる思想を持つAIキャラクターを通じ、観客の思想や感情の揺らぎを引き出す実験を行う。インターネットを活用して多様な声を可視化する「バーチャルデモ」や、ジェンダーや社会構造を問い直すRPG「WRONG HERO」など、多彩なプロジェクトを手掛けている。最新作は「コエノクエスト —都市に残されたセーブデータ」。同プロジェクト内「Re: Play」が、2026年3月に開催される。

 

目次

現実をプレイするゲーム“WRONG HERO”

プリンセスを拒絶する「WRONG HERO」のヒロイン

 

現実をプレイするゲーム“WRONG HERO”

都築 正明(IT批評編集部、以下――)作品“WRONG HERO”についてもお聞かせください。

藤嶋咲子氏(以下、藤嶋)「バーチャルデモ」や「デジタル・ペルソナ」といった表現を経て、次第にバーチャル世界の中に閉じないゲームのあり方について考えるようになりました。私自身、ゲームをプレイすることからは長く離れていましたが、ジェイン・マクゴニガルの『幸せな未来は「ゲーム」が創る』(早川書房)などを通じて再びゲームへの関心が湧き上がっていました。単にエンタメとして時間を消費するだけでなく、プレイすることで世の中と繋がったり、社会を良い方向に変えたりするゲームもあり得るのではないか、という考えです。

――既存のゲームのなかに、そのようなジャンルはあるのでしょうか。

藤嶋 はい。「シリアスゲーム」というジャンルが存在します。その中には、戦争やジェンダーといった社会問題をモチーフにした作品が数多くあることを知り、私自身も「ジェンダーロール(性的役割)」をテーマにしたシリアスゲームを制作することにしました。

――「ジェンダー・ロール・プレイングゲーム=ジェンダー・ロール+ロール・プレイング・ゲーム」ということで“ロール”という言葉が重なるわけですね。

藤嶋 それぞれのジェンダーに演じる世界があることを考えたときに、ジェンダーロールをフラットに扱う働きかけが重要なことは当然として、役割からもう逃れられない現実についても思いを巡らせました。妊娠は女性にしかできないわけですし。そこでジェンダーエクイティ(男女の公平性)の声を上げるだけではなく、個人に引き寄せた悩みや辛さを吐露する場としてのゲームを制作したいと考えました。

 

「WRONG HERO」のプレイ画面(藤嶋氏公式サイト(リンク:https://www.saccofuji.com/wrong-hero)より)

 

プリンセスを拒絶する「WRONG HERO」のヒロイン

――この作品では、主人公の女性キャラクターがヒロインになることを拒絶するところからスタートしています。

藤嶋 先ほどお話ししたように、大学受験を機に自分で禁止するまでは、ゲームの主人公に感情移入してゲームに没頭していました。RPGの主人公のほとんどは少年ですから、性自認としては女性だけれど、ゲームのコントローラーを持つと少年になるわけです。幼少期はその矛盾に苦しんでいました。ゲームに耽る時間が長くなるにしたがって、少年としての自認が強くなり、現実世界でスカートを履くことができなくなってきました。自己を否定することで、自己に矛盾を抱える行動として、その行為に強い抵抗をおぼえたのです。小学校のころはスラックスを履いている女の子として過ごしたのですが、中学校に進学すると制服のスカートを履かなければならず、それが高いハードルでした。

――スカートを履いたり、ネクタイを身に着けたりすることが、社会から与えられた性的役割に馴化する通過儀礼である感覚については、ほかにも聞いたことがあります。

藤嶋 私は履くことができず、入学後しばらくはスラックスを履いて通学していました。自分としては感覚的には正しくて矛盾もなく心地よかったのですが、当時はスラックスを履く女子は、精神に異常があるとみなされていました 。

――アメリカ精神医学会の診断基準DSMでは2013年まで、世界保健機関の診断基準ICDでは2021年まで、性同一性障害(Gender Identity Disorder)として精神疾患として扱われていました。また2011年にはテレビドラマ「3年B組金八先生」で、上戸彩さんが性同一性障害のある生徒役を演じて話題になりました。

藤嶋 異質な属性のある人というレッテルを貼られて入学をしたわけです。スラックスでの登校は半年しか継続することができず、社会というものの圧力をかなり強烈に体験しました。そうしたことを思い出しながら制作したので、幼少期の自分を救う自分のための作品でもありました。当時は自分のことで精一杯だったのですが、この展示をしたときに、彫刻家の父が作品をみて「あのころ辛そうだったもんな」と口にしていました。

――少女が闘うといっても「女の子だって暴れたい」をコンセプトに掲げた少女が活躍する“プリキュアシリーズ”とは異なる世界観ですね。

藤嶋 このゲーム世界で、主人公は女の子がモンスターと闘ったりします。男性兵士たちが倒せないモンスターを倒すのですが、男性の役割を奪って目標を達成してしまうので、村人のなかには「余計なことをしてくれるな」という人たちもいて、そうした少年のハッピー指数がモンスターを倒したときにはカウントされません。男性にも女性にも感謝してくれる人々がいますが、女性のなかには「私も闘わなければならないの?」という屈託を抱える人もいます。村人の反応が複雑で、モヤモヤするような構成になっています。

――モンスターを倒して村人を守るというゴールありきのゲームではないわけですね。

藤嶋 そうですね。レトロな画像で描かれる保守的な価値観の村で、女の子がモンスターを実際に倒したらジェンダーロールはどのように揺らぐのかという化学反応を想定したシリアスなファンタジーになっています。このストーリーをクリアすると、同じ村が3DCGで描かれる次のステージになります。はじめのゲームでコミュニケーションをとった村人たちがリアリティを持って登場して、さまざまなことを詳しく教えてくれます。下の写真の女性は、実はレズビアンという設定です。

――トムボーイ的なキャラクターですね。

藤嶋 キャラクターが自身のジェンダーについて積極的に話すわけではありません。「この村になんとなく馴染めていない」ということを吐露したり、プレイヤーが話しかけて質問をしてはじめて性自認を吐露したりします。

 

「WRONG HERO」第2ステージ(藤嶋氏公式サイト(リンク:https://www.saccofuji.com/wrong-hero)より)

 

藤嶋 開催にあたり「女性だから」「男性だから」といったジェンダーロールに起因する嫌な思いや、日々の生活で感じるモヤモヤとした経験についての声を広く募りました。すると、他の場所では決して言えないような、生々しく切実な言葉が数多く寄せられました。会場では、これら匿名性の高い言葉がリアルタイムで次々と投射され、常に更新され続ける構成をとっています。また、QRコードを通じて会場の鑑賞者もその場で自身の声を送ることができます。5秒ごとにリフレッシュされ、新たな「リアルな声」が上書きされ、消えては現れる。会場での記入が増えるたびに投影される絵(情景)が刻々と変わり、その瞬間にしか存在しない「声の蓄積」を見せるインスタレーションになっています。

――脱鎧的に、ヒーローを拒否する男の子のプレイヤーが主人公のゲームがあっても興味深そうですね。「男らしさ」の呪縛にも強固なものがありますから。

藤嶋 確かに、男性側の視点はまた違った難しさがあるかもしれません。「WRONG HERO」でも葛藤の声を壁に映しましたが、そのまま載せるのではなく、誰の声か分からないよう断片的な「言葉の集積」として構成しました。特に、著名なインフルエンサーの方も含め、男性はオープンな場ではなくDMで「ここでなら言えるのですが……」と切実な思いを届けてくださることが多かったんです。そうしたプライベートな声は、展示のラインには流さず、私の中で「男性がいかにモヤモヤを吐き出しづらいか」という背景を知るための大切な手がかりに留めました。

――制服にラインナップされていても、パンツスタイルの制服を着る女子生徒よりも、スカート履いて通う男子生徒のほうが圧倒的に少ないですよね。学校に1人いるかどうかだと思います。

藤嶋 スカートを履きたいという男性も一定数いるでしょうからね。

 

「WRONG HERO」展会場では観客から寄せられる悩みが壁に映し出された(藤嶋氏公式サイト(リンク:https://www.saccofuji.com/wrong-hero)より)

第4回につづく

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トーク&ワークショップ「『小さなコエ』をプレイする ──効率化の都市を、あそびがハック」

開催日時:202637日(土)19:0021:30(開場18:45〜)

会場:シビック・クリエイティブ・ベース東京[CCBT3F

定員:ワークショップ&トーク:12名、トークのみ:13

参加費:無料

事前申込:要申込 申込者多数の場合は抽選

申込受付期間:受付中〜31日(日)

トーク登壇者:藤嶋咲子(アーティスト)、堀潤(ジャーナリスト、キャスター)、吉田寛(東京大学 教授)
ワークショップ講師:藤嶋咲子(アーティスト)

関連URLhttps://ccbt.rekibun.or.jp/events/fujishima-talk