情報の非対称性のなかで社会的ケアを模索する
第4回 アグノトロジー的ショックがもたらすもの
テック企業の寡占と宗教的終末観が結びつき、政治と資本とが“救済”の名のもとに暴走する――ナオミ・クラインとアストラ・テイラーが警鐘を鳴らす「終末ファシズム」は、単なる陰謀論ではなく、現実に進行する分断と権力集中の危機である。その構造を見抜く視座を問う。
目次
「終末ファシズムの勃興」とアグノトロジー的ショック
カナダ出身の、ジャーナリズムと理論を往還しつつ権力・メディア・資本の相互作用に関する著述活動を行うナオミ・クラインは、現在のトランプ政権と支持勢力であるテック企業周辺に蔓延するエートスを憂いた「終末ファシズムの勃興」と題する考察を、ドキュメンタリー映像作家アストラ・テイラーと共同執筆で英ガーディアン紙に公開した。京都大学大学院の中村峻太郎氏による邦訳は「世界」(岩波書店)2025年7月号に掲載されている。
クラインは『ショック・ドクトリン:惨事便乗型資本主義の正体を暴く』(幾島幸子・村上由見子訳/岩波書店)において、危機を用いて社会をつくり替える政治技術を指摘した。その思想的起源には、シカゴ学派の経済学者ミルトン・フリードマンの存在がある。フリードマンは市場への介入を論じたケインズ主義に反対し「危機こそが改革を可能にする」と主張し、混乱状態の中で急進的な市場原理主義政策――民営化・規制撤廃・国家の縮小――を一気に導入すべきだと主張した。クラインは同書で、こうした理念が“机上の理論”ではなく、実際に各国で実験され制度化されていった過程を暴き出している。“ショック・ドクトリン”最初の実験場が1973年のチリである。CIAは民主的に選出されたアジェンデ政権を不安定化させるため、経済封鎖や流通の混乱、右派メディアへの資金供与やストライキ誘導を複合的に工作し、社会を“麻痺”させた。この人工的危機の渦中にピノチェトがクーデターを決行し、その直後にフリードマンの弟子である“シカゴ・ボーイズ”が経済改革の全権を握る。民営化、規制撤廃、社会保障の解体、そして反対勢力の弾圧——これらはすべて、フリードマンの“ショック療法”を忠実に実装したものであった。
クラインによれば、ショックは3層で作動する。爆撃やクーデターによる物理的ショック、緊縮財政や民営化による経済ショック、そして恐怖と混乱による心理ショックである。社会が判断能力を失った隙に、普段なら受け入れられない政策が通される。フリードマンは「危機時には、既に準備されたアイデアが採用される」と述べたが、クラインはその“準備されたアイデア”こそが新自由主義の核心であり、ショックを利用するトリックであると考察する。この構図は、21世紀に入っても形を変えて登場する。イラク戦争後の占領統治では、“ショック・アンド・オー(Shock and Awe:衝撃と畏怖)”による破壊の直後に、外資100%所有の解禁や国営企業の売却が一気に決断された。ハリケーン・カトリーナ後のニューオーリンズでは、公立学校の混乱を利用してチャータースクール化が進められた。自然災害や戦争は偶然に見えて、実際には改革を加速させる契機として扱われている。
“ショック・ドクトリン”は、アメリカだけのお家芸ではない。鉱山ストライキ鎮圧を利用して大規模民営化へ踏み切ったサッチャー政権下のイギリス、ソ連崩壊直後に物価自由化と安全網解体が行われたポーランド、天安門事件の後に一気に市場改革を行った中国も似たような手管が用いられたことが同書では指摘される。なにより1991年の旧ソ連解体後のロシアで急進的な市場改革が断行され、国家資産がオリガルヒに集中して巨大な社会破壊が生じたことについて、クラインは「民主化ではなく、資本の略奪」と指摘する。
同書には本サイト2024年11月でもお話を伺った中山智香子氏が解説を寄せている。また同氏は著作『経済ジェノサイド: フリードマンと世界経済の半世紀 』(平凡社新書)においても、フリードマンらの奉じた新自由主義経済思想が拡大した帰趨とその危うさを指弾している。
「終末ファシズムの勃興」が憂慮すること
本連載第1回「存在論的不安がもたらす終末論とノスタルジー」でも記したように、元ボブ・ディラン&ザ・バンドのローディのテクノロジー評論家ジョナサン・タプリンはイーロン・マスク、ピーター・ティール、マーク・ザッカーバーグ、マーク・アンドリーセンの4名を“テクノ・オルガリヒ(Techno-Oligarchs)”と称し、彼らが寡占状態を維持するためにメタバースや火星移住、暗号資産というファンタジーを売りつけていると指弾した。チャップマン大学フェローの都市未来学者ジョエル・コトキン『新しい封建制がやってくる:グローバル中流階級への警告』(寺下滝郎訳/東洋経済新報社)において「シリコンバレー発“地獄の黙示録”」として警戒を促していた。こうした分断の到来が現実味を帯びて世界に示されたのは、2025年に行われたトランプ大統領就任式典に列席する多くのテック・エリートの姿であった。テック・エリートともテック・ビリオネラとも称される彼らとアメリカ大統領との蜜月ぶりは、トランプ大統領のキャッチフレーズ“MAGA(Make America Great Again)”の広報官スティーブ・バノンをして「人々を屁とも思わない“テクノ封建主義者”」と言わしめるほどだ。
「終末ファシズムの勃興」において、クラインとテイラーはまず着目する。ホンジュラス水域の人工島につくられた規制のないゲーテッド・コミュニティ“プロスペラ”や海上入植(シー・ステディング)のような企業都市国家設立の動きに着目する。クラインらはこの背景に、世俗的だったシリコンバレーのテック・エリートたちが陸続とキリスト教に傾倒している現象を看取して、彼らが終末を待望していることに警鐘を鳴らしている。彼らは、患難時代(イエス・キリストの再臨に先立って起こる世界的な困難、迫害、災害、飢餓、戦争、苦痛、苦難の期間)にイエス・キリストが真のクリスチャンを天上に引き上げられるとともに不死の身体を与えられて蘇るという携挙(ラプチャー)を憧憬しているというのだ。都市国家やゲーテッド・コミュニティの発想を宇宙に置き換えれば、イーロン・マスク――彼は“ダーク MAGA”と自称している――のいう火星移住計画に繋がり、それを正当化するロジックは本連載第7回「長期主義は見えない未来を変えられるか」で記した長期主義(ロングターミズム)に接続する。またマスクが繰り返す“We are the biological bootloader for digital superintelligence.(人間はデジタルな超知能のための生物的な起動装置である)”という発言は、人間を“向上(エンハンスト)”させるトランス・ヒューマニズムのドグマといえるだろう。
クラインはこの動きに、ピノチェト独裁政権のための“ショック・ドクトリン”をデザインした“シカゴ・ボーイズ”たちの姿を写しみるとともに、これを新自由主義(ネオ・リベラリズム)と新保守主義(ネオ・コンサバティズム)との結合にとどまらない危うさを示す。終末ファシズムは「無駄や不正や旧弊」である官僚機構を破砕することを標榜している。官僚機構はトランプの専横を抑制し抵抗する場所でもある。ここにおいて、テック・ブラザースたちが、トランプ政権と密接な関わりを持ち“神の兄弟たち(theophoros)”を称する超家父長的なキリスト教優越論者たちと融合し、選民主義に満ちた寡頭支配者(オリガーク)によるファシズムの到来することを憂慮するゆえである。
→第5回につづく