情報の非対称性と終末論のなかで社会的ケアを模索する 
第1回 有徳な無知とプライバシーの危機

REVIEWおすすめ
テキスト 都築 正明
IT批評編集部

前回記した無知学(アグノトロジー)は「知られざること」が生む構造的な力学を顕わにする。とりわけ有害な知識の拡散を防ぐ「有徳な無知」と、国家機密やプライバシーをめぐる非対称性は、透明性をめぐる政治の核心をなす。本稿では、この緊張関係を歴史的事例とともに検討する。

 

目次

有徳な無知と国家機密/プライバシー

個人と国家の非対称性を顕らかにするエピソード

 

有徳な無知と国家機密/プライバシー

前回、無知学(アグノトロジー)について書いた際に、触れられなかった点があるので補足することからはじめたい。無知学(アグノトロジー)というのは、近代啓蒙主義のように「無知を啓く」ことですべてを明るみにしようとする立場ではない。ロバート・N・プロクターが戦略的策謀や能動的構成としての無知として明らかにしたタバコの発がん性や軍事機密の隠蔽のように、またロンダ・シービンガーが構造的に生産された無知として指摘した女性科学者の功績や植民地貿易における知の偏在のように、意図的または社会的にもたらされた無知の構造を探るものであり、むしろすべてを知ることができるという前提を疑うものだ。

すべてを白日のもとに置くことについて、プロクターは「有徳な無知(virtuous ignorance)」と名づけて、これを是としていない。彼が挙げるのは、意図的にパンデミックを引き起こす方法や大量破壊兵器の製造法など、知ることが不可能ではないものの、知られてほしくはない多数の事柄である。爆弾の製造といえば、1970年代の新左翼が秘密裏に出版したとされる「腹腹時計」のような旧時代のものと思われがちだ。しかし市販の肥料や化学薬品などを用いて手製の爆発物を製造する方法はダークウェブに数多く投稿されているだけでなく、国内の警察当局も商品例を挙げて各所で警戒を呼びかけている。「有徳な無知」については、周知されると公共の福祉に重大な混乱を来すであろうことについては、あえて無知でいるほうが道徳的であるということだ。

プロクターは自己についての秘密を保持することは他者との信頼や親密な関係を維持するうえで重要だとして、プライバシーも「有徳な無知」に含めている一方で「個人=プライバシー/国家=機密」という定式を結ぶことについては警戒している。それは、個人の心情や親密な関係について守秘することと、企業や国家のプライバシー、つまり安全保障上の秘密を守ることとをトレードオフにしてはならないということだ。これは裏返せば、企業や国家の透明性を求めるならば個人のプライバシーをもオープンにするべきというスタンスに立つべきではないということでもある。

 

個人と国家の非対称性を顕らかにするエピソード

仏領インドシナ時代からトンキン湾事件を経て泥沼化したベトナム戦争までのアメリカ合衆国の介入を記した報告書を1971年にニューヨークタイムズ紙がスクープした「ペンタゴン・ペーパーズ」や、翌1972年にCIA工作員がアメリカ民主党に盗聴侵入した事件に当時の共和党政権が関与していたことをワシントン・ポスト紙がスクープして大統領退任に至ったウォーターゲート事件など、やはり冷戦中の1970年代のことのように思われる。しかし2010年から翌年にかけてWikileaksで秘密(Confidential)扱い約100,000件、極秘 (Secret)扱い15,000件を含むアメリカ政府の外交公電25万通が1.7ギガバイトのデータとして公開された。また2016年にはパナマ共和国にある法律事務所が作成した、タックス・ヘイブンを利用した1,150万件におよぶ租税回避行為のリストが2.6テラバイトのデータとして南ドイツ新聞にリークされた後にワシントンS.C.にあるICIJ(International Consortium of Investigative JournalistsICIJ:国際調査報道ジャーナリスト連合)に送られ、同連合の検索システム“ICIJ Offshore Leaks Database”で公表された。1,150万件超におよぶリストには、世界56か国の企業名をはじめ各国の政府要人やスポーツ選手など著名人の名が大量に記されており、そのなかには日本に関係する企業や個人の名前400件も含まれる。

→第2回につづく