無知を問うアグノトロジー(無知学)とジェンダード・イノベーション
第4回 シービンガーが描き出した女性を排除する科学
“中立的で客観的な知”として語られる科学技術の背後には、特定の身体や声を排除し、権力や価値観に奉仕してきた歴史が潜んでいる。ロバート・N・プロクターとともに無知学(アグノトロジー)を展開したロンダ・シービンガーは、この構造的な無知の生産を可視化してみせた。女性科学者の抹消や植民地医学の暴力をたどる彼女の研究は、科学の中立性という神話を問い崩し、知がいかに社会的・ジェンダー的に構築されてきたのかを明らかにする。
目次
ジェンダー的に構築された科学技術
ロバート・N・プロクターは、無知の3類型のうち、戦略的策謀や能動的構成として意図的につくり出された無知を探求した。プロクターとともに無知学(アグノトロジー)を立ち上げたスタンフォード大学の歴史学教授ロンダ・シービンガーは、社会的な取捨選択によって排除されたことにより構築された無知について、科学技術をジェンダー的に構築された知の体系として読み替えることから考察している。
1992年に原著初版が出版された『科学史から消された女性たち』(小川眞里子・藤岡伸子・家田貴子訳/工作社)では、重要な業績を残しているものの科学史から捨象されている4人の女性科学者にフォーカスを当てている。17世紀の哲学者・教育論者プーラン・ド・ラ・バールはデカルトの「我思う、ゆえに我あり(Cogito ergo sum)」の“我”が性差を問わない普遍的なものであるとした『両性平等論』(古茂田宏他訳/法政大学出版局)を著し「魂や理性に性別による差はない」「男女の差は従来の慣習と教育による」という男女平等論を展開して男女の理性的能力・主体性の平等性を論じたものの、デカルトやバールの母国フランスでは、女性は――ノーベル物理学賞と化学賞を受賞したマリー・キュリーでさえ――永らく科学アカデミーの会員にはなれず、サロンへの出入りを許可されるだけだった。同書で紹介されるのは、17世紀イギリスでデカルト的機械論やボイルの実験主義を批判し、自然を受動的な物質でなく能動的な自己運動をもつ生命的全体とみなす自然哲学を展開したマーガレット・キャヴェンディッシュ、18世紀フランスでニュートン力学とライプニッツ哲学を架橋し、ニュートン『Principia Mathematica』を仏語訳するとともに、力やエネルギーの概念を哲学的に再定義してエネルギー保存則に先行する理論的洞察を示した物理学者エミリ・デュ・シャトレ、17世紀後期にドイツに生まれ南米スリナムにおいて生物の変態を観察可能な自然過程として描いた博物画家・昆虫学者マリア・シビラ・メリアン、ドイツに生まれイギリスで天王星発見者である兄のウィリアム・ハーシェルとともに観測活動を行い自身も8個の彗星を発見した天文学者キャロライン・ハーシェルの4名など。彼女たちの活躍と科学史における処遇を描くことで、科学の客観性という理念の背後にあるジェンダー的構造を暴き出している。たいへんに僭越かつおこがましいが、本連載第2回「情報技術のもとで女性たちが示してきたもの」は、同書のITテクノロジー版を念頭に置いて記したものである。
シービンガーはまた『女性を弄ぶ博物学―リンネはなぜ乳房にこだわったのか?』(小川眞里子・財部香枝訳/工作社)では、17〜18世紀ヨーロッパの啓蒙主義思想に基づく博物学・解剖学・分類学が、自然がしばしば女性の身体に喩えられ、男性主体が「女性=自然」を支配し暴くというジェンダー秩序と性的メタファーのうえで成立したことを解明する。また同書では解剖学や比較生理学において女性の身体が男性身体を基準とした「逸脱」とされ、科学が女性の身体を他者化する装置として機能していたことからも、科学的知が女性的知の排除により秩序づけられた歴史的力学を描出している。
科学技術の中立性という神話
『植物と帝国: 抹殺された中絶薬とジェンダー』で挙げられた、オウコチョウの中絶薬としての薬効がヨーロッパに移入されなかった原因には、先述の通り当時の西欧が多産を旨としていたことにある。しかしその背後には、なぜ中絶薬が頻繁に用いられたのかという植民地からの見地がある。1つには、奴隷の身体は現地の奴隷所有者によって管理――労働者として、戦士として――されていたことが挙げられる。女性労働者たちは、産前産後にも十分な配慮を受けられず、また出生してもその子どもが過酷な奴隷の立場に置かれることを案じて中絶を選んだと考えられる。同時にこの選択は、多くの奴隷を望む所有者への抵抗でもある。また、17世紀末は英仏領において奴隷主が女性奴隷との間に子どもを設けた際には正式に結婚し、母子ともに奴隷制度から解放されることが法律において定められていた。しかし18世紀になると非白人との権利制限は強化され、異人種間婚姻は禁止された。しかし奴隷女性が白人との間の子どもを懐妊することはままあり、その際に用いられたのが中絶薬としてのオウコチョウだったという。これもまた白人と非白人、領主と奴隷という立場、そして男性と女性というジェンダーの非対称性が招いた帰結である。
シービンガーは『奴隷たちの秘密の薬――18世紀大西洋世界の医療と無知学』(小川眞里子・鶴田想人・並河葉子訳/工作社)において、18世紀大西洋世界における医療実験と知の植民地主義を描き、近代経験主義医学の根底を問う。イチゴ腫(フランベジア)という感染症の治癒において奴隷や黒人医師が有していた薬草の知識などが植民地医師によって“科学的”に再命名され、ヨーロッパ医学に取り込まれていく過程では、知が移動するのではなく権力関係が上書きされる“翻訳”が行われ、文化的文脈は抹消される。またジャマイカにおける天然痘実験など、奴隷の身体が実験体として扱われる事例も詳述され、医療倫理の起源が植民地的暴力と結びついていたことも顕らかにされる。これは、ラトゥールが著書『科学が作られているとき――人類学的考察』(川崎勝・高田紀代志訳/産業図書)において“世界の計算所(Centers of Calculation)”と称したヨーロッパのアカデミアが植民地科学における有用な知を収奪する一方、非西欧的な知、そして奴隷や女性を忘却へと追いやったという図式である。シービンガーこうした“知と無知の分配”が近代科学の倫理的構造の根底をなしていると考え、ここに「科学の中立性」神話を支える欺瞞的な装置があることを看取する。こうした政治的・社会的プロセスにおいて、知は平等な流通を阻まれ、無知の体系的生産が生まれることとなる。
ロンダ シービンガー (著)
小川 眞里子, 藤岡 伸子, 家田 貴子 (翻訳)
工作舎
フランソワ・プーラン ド・ラ・バール (著)
古茂田 宏, 佐々木 能章, 仲島 陽一, 今野 佳代子, 佐藤 和夫 (翻訳)
法政大学出版局
ロンダ・シービンガー, 小川 眞里子, 財部 香枝 (著)
工作舎
ロンダ シービンガー (著)
小川 眞里子, 弓削 尚子 (翻訳)
工作舎
ロンダ シービンガー (著)
小川 眞里子, 鶴田 想人, 並河 葉子 (翻訳)
工作舎
ブルーノ ラトゥール (著)
川崎 勝, 高田 紀代志 (翻訳)
産業図書





