AIが顕らかにする社会と個人のありよう
第2回 繰り返される新技術バッシング――AI脅威論をめぐる既視感
AIによる悲劇的事件は新しい問題のようでいて、実は繰り返されてきた“ニューメディア批判”の歴史の延長線上にある。文字、活版印刷、小説、テレビ、SNS……新技術が現れるたびに悪影響を理由に糾弾されてきたパターンが、AIにも投影されている。
目次
繰り返し俎上にのぼるニューメディアの悪影響
前回に述べた事例――とくにアレックス・テイラーの事件――が憂うべき悲劇であることは言を俟たない。しかしこうした事件は、私たちにとってどこか既視感のあるものではないだろうか。
古くからニューメディアが登場するたびに、それらは悪影響を及ぼすとして糾弾されてきた。紀元前4世紀には、問答法を重視したソクラテスが書き言葉を「記憶を弱める」と批判し、口頭の伝承こそが真の記憶を保持すると主張した。現在ソクラテスの言葉として遺されているもののほとんどは「若者を堕落させた」「不敬神」の罪でアテナイの裁判で告発され、死刑に処せられたかれの言葉を弟子のプラトンが記録した『ソクラテスの弁明 クリトン』(久保勉訳/岩波文庫)に記されたものである。保守タレントの竹田恒泰からパンク歌手町田町蔵としての顔も持つ小説家町田康まで、さまざまに現代語訳や翻案がされている『現代語訳 古事記』(福永武彦訳/ 河出文庫)も、稗田阿礼が誦習した「帝紀」や「本辭」を筆録して元明天皇に献上されたものである。
そこまで遡らずとも、近世以降は小説が「人の情操を歪める」「堕落させる」として批判され、道徳的劣化をもたらすメディアとして論じられたほか、街角で子どもに演じられていた紙芝居も「教育に悪い」とみなされて道徳的なものへと移行させる動きがあったという。テレビが一般家庭に普及しはじめた1957年には評論家大宅壮一が「週刊東京」誌上で「テレビに至っては、紙芝居同様、否、紙芝居以下の白痴番組が毎日ずらりと列んでいる。ラジオ、テレビという最も進歩したマスコミ機関によって、『一億白痴化運動』が展開されていると言って好い」と論じ、これを受けた小説家松本清張が」一億“総”白痴化」を喧伝した。また日本PTA全国協議会や放送と青少年に関する委員会がいわゆる低俗番組を槍玉に挙げ、郵政省が1997年5月に「放送と人権等権利に関する委員会機構」(略称:BRO)を設置、その後BROのもとに第三者の有識者で構成される「放送と人権等権利に関する委員会」(略称:BRC)が置かれ、放送番組向上協議会と統合して2003年に現在の放送倫理・番組向上機構(BPO)に至っている。
1980年になるとファミリー・コンピュータ、1990年代〜2000年代初頭には携帯電話やポケベルが若者に過剰なコミュニケーションや学業への悪影響を与えるとして議論の的になったほか、公式ではない“裏サイト”や現在のマッチングアプリに該当する“出会い系サイト”が問題視された。『社会的な身体 ― 振る舞い・運動・お笑い・ゲーム』(荻上チキ著/講談社現代新書)によると、1900年ごろには女性が自転車に載ることすら「美徳に反する、子宮に悪影響、不自然な性的快感を覚えてしまう、処女膜破損の恐れあり」などと白眼視される風潮があったとされる。にわかには信じがたいが、2006年に出版された清水博子の小説『vanity』(新潮社)には、芦屋にあるコンサヴァティヴな恋人の実家に居候した早稲田大学卒のOLが、自転車に載っていることを「はしたない」と咎められるシーンがある。どこまでが脚色なのかは不明だが、同書には著者自身の経験が多分に投影される記述も散見される。筆者は共通の知人を介して彼女と数年間の交流があった。こうして記していると、若くして物故した彼女にそうした些事すら尋ねられないことが改めて悔やまれる。荻上氏は前出書において、新しいテクノロジーや文化が登場すると、それが身体に変化をもたらし、保守的な価値観を持つ人々から「有害」「ふしだら」とのラベリングがなされる歴史パターンを明らかにし、インターネットをめぐる言説に接続している。
プラトン (著)
久保 勉 (著)
岩波書店
福永 武彦 (編集)
河出書房
荻上チキ (著)
講談社
革命とサイバー・カスケード
SNSが登場すると、テクノロジー批判は猖獗を極めることとなった。国内で広まったmixiは記名式として歓迎され、次いで広まっていったtwitterも当初は牧歌的なやりとりと情報交換がなされる場として受け入れられ、2011年に起こった東日本大震災のときは少数のデマ拡散を除けば有効利用がなされた。また中東・北アフリカのアラブ諸国では、2010年末から2012年かけてチュニジアのジャスミン革命を皮切りにエジプト、リビア、シリアなどで独裁政権に対する抗議デモや民主化運動が頻発し、多くの国で政権交代や内戦に発展した。FacebookやTwitterなどのSNSを通じて情報が拡散され、運動の組織化や広がりを促進したことから、これらの運動を“twitter革命”と称することもあった。しかし、それ以降は承認欲求とデマがクローズアップされるようになった。若者の依存を招く、犯罪の温床となる、ハラスメントが増幅されるといった、これまでの繰り返しである。
また、SNSを承認欲求のこうした特性を新たなプラットフォームとした表現も誕生した。国内でのtwitter黎明期に24万人ものフォロワーを抱え、SNSを中心に集客を行った大規模なリアルイベントで物議を醸したサザエbot(@sazae_f)の“中の人”ことナカノヒトヨは2013年にslideshareで自身を2061年から地球滅亡を食い止めるためにやってきた未来人であると名乗り「桜新町の主婦が教えるGrowth Hack」を公開した。いまでこそ“Googleの猫”として有名な、ラベルのないYouTubeの大量の動画を使ってニューラルネットを訓練したところ、猫を認識するユニットが自然に出現したという深層学習の論文が発表された翌年のことである。その後、彼女は2014年5月に開催された“TEDxTokyo2014”にメディアアーティストの落合陽一や音楽プロデューサーのVERBALとともにマネキンの姿で登壇し、シンギュラリティについてこう発言している「あなたはもう気付いたかしら? ヒトの意志がインターネットをコントロールしているのではなく、インターネットの意志がヒトをコントロールしていることに……。アップデートはヒトの幸福を奪うものではなく、ヒトが幸福になるためのものでなくてはなりません。だからこそいまのうちに、現実に訪れるかもしれない未来のことを少しだけイメージしてみる必要があるのです。高度なAIがフェイクではなく、本当にあなたの前に姿を現す前に」。じつに11年前のことである。彼女がそう話した5日後にはSoftbankが人工知能を搭載したヒト型ロボット“Pepper”を発表。さらにその2日後には英国で人工知能が初めてチューリング・テストに合格した。筆者は最近、かつてナカノヒトヨだった人物と知遇を得る機会があったのだが、いまでも当人は現実に肉薄したトリックスター的表現を続けている最中だった。
2022年にtwitter社がイーロン・マスクにより買収されたとき、早い段階で行われたのがそれまで永久凍結されていたドナルド・トランプ氏のアカウント @realDonaldTrump の凍結撤回だった。同アカウントは、2021年1月に発生したトランプ氏の支持者による米連邦議事堂襲撃事件の際に、暴動を扇動する危険性が高いとして無期限凍結されていた。また同じ理由でFacebookとInstagramのアカウントを凍結していたメタ・プラットフォームズも、2023年1月にはトランプ前大統領のフェイスブックとインスタグラムのアカウントを復活する決定を発表した。いずれも、トランプ氏が2024年の大統領選出馬を明言した後のできごとである。
SNSにおいてだれかが負のターゲットを名指すと、匿名の大衆による“炎上”や“晒し”が生じ、ときに個人や法人に最悪の結果をもたらすことは決して等閑視すべきではない。そのすべてがテクノロジーのみに起因すると断じるのは、責任の外部帰属化にほかならない。


