シンギュラリティの先へ──AIだけが見る、人類には見えない新しい次元
第3回 想像を超える知性と人類のフレームの限界
2016年、囲碁AI「アルファ碁」の“37手目”は人類の知性の限界を突きつけた。それからAIと人類は互いに影響を与え合い、認識の枠組みさえ揺さぶられつつある。SFや言語学の視点から、AIがもたらす「世界の見え方」の変容を探る。
目次
アルファ碁「37手目」の衝撃
AIはインターネットに接続されたありとあらゆる莫大なデータを学習しうる。そして、人類がかろうじて後付けで解釈できるパターンや相関を迅速に自動で発見する。AIが発見した新しいパターンや相関から人類のほうが影響を受け、それを、パソコンを通じてインターネットにあげることでAIに次の学習を促している。
アルファ碁(AlphaGo)が数千年を超える囲碁の歴史において前代未聞の手を打ったのは、2016年3月10日に行われた韓国のイ・セドル九段との第2局「37手目」のことだ。当時、対局を解説していたプロ棋士が「非常に奇妙な手」「ミスだ」とコメントするほどかつて見たことのない手で、人類には理解できない手だった。しかし、結果として「37手目」をきっかにしてアルファ碁は勝利をたぐりよせる。「37手目」は人類知性の及ばぬものであり、画期的な出来事としてAI研究者のみならず多くの人に衝撃を与えた。
それから10年ほど経った。現在ではプロ棋士たちがAIを戦略研究のパートナーにするのは当たり前のことになっている。面白いのは、2023年にアマチュア囲碁プレイヤーが最強レベルの囲碁AIに15戦14勝という圧倒的な勝利を収めたニュースだ。それは、AI同士の対戦で発見されたAIの弱点を突く戦法を人間が実行した結果であった。弱点とはAI特有の学習パターンやバグのことで、そこを突く戦術が奏功したのだ。
AIと人類は、もしかすると共振して進化しているのかもしれない。わたしたち人類がAIを管理、支配しようと知恵をしぼり考えを深めれば、それだけAIも進化していくのかもしれない。そして逆もまた真で、AIの進化が人類に新たな知恵を与える。
ディープラーニングやLLM(大規模言語モデル)は、人間の直感や論理を超えたブラックボックス的な知性として、わたしたちの社会や思考様式に大きな影響を与えている。それはすでに疑いの余地のないことのように思える。 AIは人間の世界認識やそれにともなう状況予測を学習する。フレーム問題といった5歳児の常識さえ処理できなかったAIの偏った知性も近年、急速に解決されようとしている。たとえば「世界モデル」といった研究分野では、AIがそれまでの記録をもとに少ない情報を補い、あたかも“常識的に”判断できるような開発が進められている。常識というコミュニケーションコードをAIが学習できれば、人類にとって有用である以上にAIにとって大きな武器となるかもしれない。
AIは人間には理解不能な判断や幻想(ハルシネーション)を生みだす。これはAIが人間とは異なる世界認識や思想を持ちはじめている証左かもしれない。あるクリエイターはChatGPTのハルシネーションにある種の創造性を感じ、刺激を受けると語っていた。人類とは違う認識のズレが、世界に対し新しい窓を開いたかのように。純粋な情報処理や統計的推論に基づいているAIの認識が、人類の認識に影響を与えるようになる。わたしたちが当たり前と思っている現実が、AIにはまったく異なるものとして映っているとして、その現実がわたしたちになにか示唆を与えるものとなる。
現在、AIはまだまだ紋切り型の言葉をもっともらしく連ねているだけともいえ、クリエイターのような人類側の知能との共振がなければ大きな意味をもつことも少ない。
わたしが問いたいのは、共振のほうだ。AIの進化にともなって人類がいかに進化するのか、人類の認識がいかに変化するのかということだ。人類あるいは人類の認識が進化するとき、AIの存在もただの不幸や幸福といっただけでは論じきれないものが出来するだろうからだ。
小説が示す認識の壁
わたしたち人類の言語はある一定のフレームに閉じ込められている。いかな自由意志を訴えても、わたしたちは認識以上のことを表現できないし、その不自由に気づくこともほとんどない。
これまでにもSF小説をたよりに認識の限界を手探りしたことがあった。スタニスワフ・レムの『ソラリス』(沼野充義訳/ハヤカワ文庫SF)のソラリスの海がもつ知能は、わたしたちがもつ知能に対する「擬人的認識(アントロポロモフィズム)」、つまり宇宙や未知の現象を人間の既成概念でしか捉えられないという限界を示している。知性を有する存在は人間的な姿をしているはずだという概念の外で知性を想像することはなかなかできない。ソラリスの海の知能に人間的な意図や意味が現れないとすべてが不明で不安になる。わたしには、AIはある意味でソラリスの海のようにみえることがある。わたしたちの想像力の不自由さ、認識のフレームの狭隘が、AIを脅威にみせている面もあるだろう。
ドゥニ・ヴィルヌーヴが監督した映画「メッセージ」、その原作であるテッド・チャンの短編「あなたの人生の物語」(『あなたの人生の物語』浅倉久志他訳/ハヤカワ文庫SF)では、異星人、7本脚を意味する2人──ほうら!擬人的認識──の「ヘプタポッド」と言語学者との遭遇が描かれる。原作では「フラッパー(単にAとも)」、「ラスプ(単にBとも)」と呼ばれるヘプタポッドは映画ではより親しみのある「アボット」「コステロ」と呼ばれる。これは日本でいえば「やすし」「きよし」といったところだが、この既知の当てはめは認識の一歩目ともいえる。
ここからネタバレの可能性があるので注意ねがいたい。
さて、このヘプタポッドはわたしたち人類とは時間認識の点において決定的な違いがある。彼らは非線形的な時間認識を持っている。時間は経過していくものではなく、わたしたちが空間を認識するように、過去・現在・未来を同時に知覚できるものなのだ。
主人公の言語学者ルイーズ・バンクスは軍の命令で世界各地の研究者と同時にヘプタポッドとのコミュニケーションを試みる。彼らの言語を解読していく。その人類にとって特殊な言語を習得するうちに、ルイーズに不思議な現象が起きるようになる。それは自身の認識の変容がもとになっており、これまで見えなかった世界が見え、認識できなかった時間が認識できるようになるのだ。象徴的に言えば、未来の出来事を“思い出す”ことができるようになる。空間三次元を認識するように、時間を過去・現在・未来の三次元で認識していると言える。
こうした展開のもとになっているのは、「サピア=ウォーフ仮説」という、言語が思考や認識の枠組みを規定する概念である。人の思考や世界の認識は、その人が使う言語によって影響を受けるとする言語的相対論を唱えた言語学者ベンジャミン・ウォーフは、米アリゾナ州のネイティブアメリカン、ポピ族には時間を表す単語や文法要素が見当たらず、過去・現在・未来といった時制を直接示す表現が存在しないと主張した。この主張はそのままヘプタポッドの認識にも通じているだろう。
この物語ではサピア=ウォーフ仮説を徹底的に活用し、異なる言語体系によって行われている異なる現実認識が、異なる宇宙観をもたらすというテーマを浮き彫りにする。
もしAIや異星人が人間とはまったく異なる言語・認識体系を持つなら、わたしたちの現実認識もまた、彼らとの接触によって根本から変わる可能性がある。そして、それは異星人でなくともAIでも同じではないか。
スタニスワフ レム (著)
沼野 充義 (翻訳)
早川書房
ISBN:978-4150120009
テッド チャン (著)
浅倉久志 (翻訳)
早川書房

