勅使川原 真衣氏に聞く
第1回 問いつづける子どもたちへ 教育社会学に魅せられた理由
社会が当たり前に思っていることを突っ込んでくれる存在
大学院に行かれる前の学部でのご専門はなんだったのですか。
勅使川原 認知言語学です。日本語の曖昧性について、土居健郎先生とかを引用しながら卒論を書きました。湘南藤沢キャンパスに通っていたのですが、湘南台には当時いすゞの工場がありまして、湘南台小学校という公立小学校の約10%以上がペルーの移民の子たちでした。家ではペルーの母国語で喋っている子たちなんですけど、学校では日本語の出来・不出来で能力を評価されてしまう。その子たちに対してSFCの大学生が無償で日本語のトレーニングや日本社会への適用みたいなトレーニングをするというボランティアがあって、それを4年間やった経験を卒論ではまとめていました。
日本社会のなかでは異物として扱われる存在ですよね。
勅使川原 社会が当たり前に思っていることを突っ込んでくれる存在が、ひとつには外国人だという思いがわたしのなかにあって、ある種、お互いはみ出し者の同類項と思えましたね。その意味で彼ら・彼女らに興味があったんでしょうね。
ご自分が異物だということも含めてということですよね。
勅使川原 ペルーの子たちも他人事と思えなかったですね。むしろ仲間になれたというかな。
面白いですね。そういう意味では、通底しているものはある。
勅使川原 そうですね。40歳ぐらいで点と点がつながりました。
そのまま研究者に進まれるという道もあったんですよね。
勅使川原 適性があったかどうかはわかりませんが、キャリアパスとしてはありました。教育社会学は、やればやるほど労働という側面が重要になってきます。「トランジション」って言うんですけど、結節点に就活という存在があって、そこの研究は結構盛んなんですね。
なるほど、労働が人材の出口だとしたときに、労働を知らないと研究するにも厳しそうな面があるかと推察します。
勅使川原 そうなんです。なので、「敵陣視察します!」とか言って就職しました。ミイラとりがミイラになって、本当にその後、戻れなかったんですが。