ノーベル賞とテクノロジーの経済を巡る省察 第2回 AI、情報科学、そして「ユートピア」への緩慢な歩み
日本人研究者の基礎理論でもっとも利益を得た者

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テキスト 桐原 永叔
IT批評編集長

基礎理論と応用科学の間で翻弄された日本

日本側にも、欧米企業からの技術移転やライセンス契約を通じて、高度な技術を吸収し製品改良(カイゼン)を通じて競争力のある品質によって、アメリカの半導体産業から市場を奪っているという意識もあった。これも以前書いたことだが、明治維新後の日本は政策として基礎科学より工学に関心をよせ“富国強兵”を図った歴史がある。世界に先駆けて総合大学である東京帝国大学に工学部を開設したのも、日本政府の意向があってのことだ。
そういう歴史を背負ってきた日本人は、1980年代当時のアメリカからの批判を真面目に受けとったのだ。後ろめたいところがあった。
こうした批判に応えるかたちで日本政府は1990年代以降、基礎科学研究への投資を強化していく。いまもつづく科学技術基本計画が始まったのは1996年である。ノーベル賞にからめていえば、この成果が2000年代以降、日本人のノーベル賞受賞の増加だと言われている。
2000年以降の自然科学分野での日本のノーベル賞受賞者は、全体の80%(物理学賞:全8名中6名、化学賞:全8名中7名、生理学・医学賞:全5名中4名)を占めていることからも、科学技術基本計画という政策の意義は小さくないかもしれない。とはいえ、世界主要国の科学技術活動を体系的に分析した「科学技術指標」における論文数では、ずるずると順位を下げており、現在では基礎科学の発展は感じられなくなりつつある。
さらには、半導体のグローバル市場ですっかり存在感を失った現在、さかんに言われているのは、応用科学の重要性、工学的な発展の再評価である。それは、日本の半導体産業の衰退するなかで登場した台湾、韓国のファンドリーの存在感が増していることによるだろう。何人かの論者は、いたずらに最先端技術を追うのはなくすでに古くなった技術でも十分に経済的な効果をもたらす分野に力を入れ国力を高めるべきだという。
こうした議論は、タダ乗り論のころにはなかった。そんな2024年、もっとも先端的な科学分野の基礎の基礎となる理論を半世紀も前に発表していた甘利俊一氏と福島邦彦氏の功績が、ノーベル賞から無視されたかのように扱われたのはひどい皮肉に感じてしまう。
同じ論理が許されるなら、ヒントンの功績の一部は甘利俊一氏と福島邦彦氏の功績への“タダ乗り”と言えてしまうではないか。
この基礎理論でもっとも利益を得た者は誰だろう。
わたしたち日本人はいったい何に振りまわされているのだろうか。

 

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