何故なしに生きるということ
「PERFECT DAYS」と神秘主義

REVIEWおすすめ
テキスト 桐原 永叔
IT批評編集長

ルー・リードとアル・グリーンの“Perfect Days”

「PERFECT DAYS」のモチーフになっているのは米ロックミュージシャン、ルー・リードの名作アルバム「Transformer」──劇中、主人公が下北沢のカセットテープ屋で手にとる──の一曲“Perfect Day”だ。同アルバムでもっとも有名なロックアンセム“Walk on the Wild Side”の過激な歌詞──この歌の物語はどこかヴェンダースのロードムービーを思わせる──に比して、静かで平穏な歌詞である。今回の映画にも通ずるような感想を言えば、どこか宗教的な、禁欲的な日常の美しさが歌われるのだ。

ヴェンダース映画のカンヌでのニュースよりあと、2023年の8月にソウルシンガーのアル・グリーンが同曲のカバーを発表している。古式ゆかしいままのハイ・サウンドのバックに包み込むようなアルの歌が響く、素晴らしいカバーでもあった。アル自身も、オリジナルの“Perfect Day”が大好きだったと語っている。アル・グリーンは人気の絶頂期に牧師に転身し、一線から身を引いて宗教活動を行なっていた。ソウルシーンに戻ったのは10年以上のちのことだ。アルが宗教活動に転じた理由もまた壮絶──付き合っていた女性に大火傷をおわされ、その女性は自殺した──だったことを考えると、この曲の穏やかさにある種の宗教性を牧師ならではの経験から感じ取っていたのではないかと思う。

わたしはヴェンダースの「PERFECT DAYS」の日本公開を待ちわびながら、アル・グリーンの“Perfect Day”を聴いてすごしていた。

ルー・リードは特別な詩人だ。ニューヨークのドラッグカルチャー、ストリートカルチャーを織り込んだ複雑でセンセーショナルなストーリーを語りかけるように歌う一方で、シンプルな歌詞で静謐な思いを祈りのように歌う。

「PERFECT DAYS」でもう一曲とりあげられたヴェルベット・アンダーグランド時代の”Pale Blue Eyes”も祈りのような曲でこちらもカバー曲が多い。ルー自身は『ニューヨークストーリー ルー・リード詩集』(梅沢葉子訳/河出書房新社)のなかで、ヴェルベット・アンダーグランドのドラマーだったモーリン・タッカーのカバーが好きだと述べている。

この映画「PERFECT DAYS」は“Perfect Day”や”Pale Blue Eyes”のみならずさまざまな曲が使われている。それは劇伴というよりも、ほとんど曲がシーンのテーマとなるような使われ方である。思えば、ヴェンダースは自身の映画でこのような曲の使い方を多用する。このごろ、日本のアニメ映画などでシーンがそのままミュージックヴィデオのような作りになっているものを見かけるが、曲をそのまま、映像のストーリーテリングに取り込むような手法はミュージカル映画の方法を除けば、ヴェンダースが発明したのではなかったか?

ヴェンダース映画には多くのミュージシャンが登場する。ルー・リードも「時の翼にのって/ファラウェイ・ソー・クロース!」に本人役で登場しているし、「都会のアリス」のチャック・ベリー、「ベルリン 天使の詩」のニック・ケイブ&ザ・バッドシーズなど印象的なライブシーンも数え上げればキリがない。

そうだ。ルー・リードにも「ベルリン」という名作アルバムがあることも付記しておこう。そしてNHKの『映像の世紀バタフライエフェクト「ヴェルヴェットの奇跡 革命家とロックシンガー」』でも取り上げられたように、チェコスロバキアでのヴェルベット・アンダーグランドの時代のルー・リードのセンセーショナルな歌詞が若者に自由と想像力を与え、ビロード(ベルベット)革命を起こし、やがてはベルリンの壁を崩壊させる契機になっていったことも有名だ。ルー・リードの詩は強い。

このほかにも、使用曲でわたしが言及しておきたいものはたくさんあるのだが、紙幅がない。エンディングで使用され印象深いニーナ・シモンの“Feeling Good”も素晴らしかった。

ニューヨーク・ストーリー: ルー・リード詩集

ルー・リード (著)

梅沢 葉子 (翻訳)

河出書房新社

ISBN:978-4309257501

▶ Amazonで見る

時の翼にのって ファラウェイ・ソー・クロース! デジタル・リマスター

ヴィム・ヴェンダース (監督)

オットー・ザンダー, ピーター・フォーク (出演)

IMAGICA (販売元)

▶ Primeで見る

都会のアリス

ヴィム・ヴェンダース (監督)

リュディガー・フォグラー, イエラ・ロットレンダー (出演)

バップ (販売元)

▶ Primeで見る

映像の世紀バタフライエフェクト

シーズン1エピソード5 – 「ヴェルヴェットの奇跡 革命家とロックシンガー」

NHK

▶ Primeで見る

Feeling Good

ニーナ・シモン

▶ Primeで聴く

1 2 3 4 5 6