遍在するツールとしてのAI、偏在するアクセスとしての格差
DX(デジタルトランスフォーメーション)の本当の未来
アルゴリズムの終焉
テクノロジーについて考えさせられるもっと新しい本が、ジョージ・ダイソンの『アナロジア AIの次に来るもの』(服部桂監訳/橋本大地訳/早川書房)だ。「IT批評」を手伝っていただいている都築正明さんに教えてもらった1冊だ。著者があのフリーマン・ダイソンの子息なのは本書を読み進めればすぐにわかる。
著者は、人間(と自然)とテクノロジーの関わりを次の4つの時代に区分する。
- 工業化以前:テクノロジーは、人類がみずからの手で生み出せるものに限られ、自然に支配されていた。
- 工業化の時代:機械が誕生し、機械は機械を生みだせるようになり、次第に自然を支配できるようになる。
- デジタル論理の時代:情報が情報を複製する。自己複製・自己増殖をマシンが行い、自然の支配は失われる。…
- マシンと自然が互いに歩み寄る時代:アルゴリズムの時代の終焉によって、人類は主導権を失う
この時代区分の説明の直後に、本書のカバー袖にも一部が引用される痛烈な文章が続く。長いが引用しよう。
人工知能をプログラムして思い通りに動かすことができると信じることは、神と話すことができる人がいるとか、ある人は生まれつき奴隷だと信じるぐらい、根拠のないものであることがはっきりするだろう。第四の時代はわれわれを、もはや手に負えない、あるいは完全には理解できないテクノロジーと人間が共存していた第一の時代、スピリチュアルだらけの原風景へと引き戻そうとしている。(中略)クラウドで人工知能が提供されるというのは何も新しい話ではない。第四の時代にふさわしい生き方をするためには、第一の時代を振り返ることが役立つ。
本書のメッセージはほぼここに要約されている。アナログとデジタルは共存しつつ、時代の主役を交代でつとめてテクノロジーを進化させてきた。アナログな真空管をデジタルな計算に使用したように、デジタルな人工知能を脳というアナログな構造を模して構築しようとする。現在の生成AIはそれがいったいどうやってアウトプットを生成しているのか、誰にも説明できない非デジタルな存在でもある。
著者のダイソンは、第四の時代にはアナログシステムの台頭によって、デジタルプログラミングは終焉するという。わたしはここにレイ・カーツワイル風のトランスヒューマニズムやユヴァル・ノア・ハラリのホモデウスに対するもっとも適切な反論をみる。
著者はデジタルを非連続、アナログを連続とする。帯に「世界は連続体(アナログ)である。」と書かれているが、この連続体こそケリーのいう遍在と通底する。テクノロジーは非連続に分断できるものではなく、世界とも人間ともそこらじゅうに連続しているということだと考えている。
ジョージ ダイソン (著)
服部 桂 (翻訳, 監修)
橋本 大也 (翻訳)
早川書房
関連記事
-
REVIEW2024.10.05半導体のカーテン、コンピューティングパワーの天井
技術、経済、地政学から現在の論点をみる
第5回 AI開発競争の命運を分ける米中の攻防2024.10.05テキスト 桐原 永叔 -
REVIEW2025.08.19複雑な世界を複雑なまま生きる──PLURALITYとなめらかな社会
第2回 政治のアマチュアとプロに違いはあるか?2025.08.19テキスト 桐原永叔 -
おすすめ2025.08.12Apple Vision Proが生む、空間コンピューティング時代の新たな「体験の格差」
第2回 Vision Proが生む、価格、環境、文化資本による断絶2025.08.12Author 伊藤 要介
