「沈黙」を知らないChatGPT
紋切り型と記号接地問題

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テキスト 桐原 永叔
IT批評編集長

過激と愛嬌

カール・クラウスから私は同時期の日本人ジャーナリスト、宮武外骨を思い出さずにはいられない。1874年生まれのクラウスより、7つ年上の宮武外骨は権力の腐敗を厭くことなく攻撃しつづけた。手法はパロディーである。

新聞・雑誌を発行し、それが発禁、差し止めに処されるたびにつぎつぎと新たな新聞・雑誌を発行したジャーナリストである。一生涯に亘って「Die Fackel(炬火)」を出し続けたカール・クラウスとの大きな違いだ。宮武外骨は発刊した新聞、雑誌はざっと名をあげるだけで、『頓智協会雑誌』、『滑稽新聞』、『変態知識』、『スコブル』、『奇抜と滑稽』、『公私月報』など枚挙に遑(いとま)がない。

反権力であり、風刺家であり、悪ふざけの人であった宮武外骨の真骨頂は、『頓智協会雑誌』で大日本帝国憲法発布の国会の様子を戯画化して、あろうことか明治天皇を骸骨で描き、不敬罪に問われて禁錮3年の判決を受けたことだ。今でさえ皇室批判に対し世情はようよう許してくれるものではない。それが現人神とされた時代の天皇をこのようにパロディーの素材にしてしまうことの大胆さは計り知れない。

頓智研法発布式

悪ふざけの骨頂といえば、伊藤博文、井上馨、山縣有朋という大政治家の死期を当てる懸賞企画だ。現在では、安倍元首相になんらか言うだけで「死人に石を投げるとは!」といったヒステリックな非難が起きる。宮武外骨が生きていたら、世を挙げて抹殺されたに違いなかろう。

私は、ずっと宮武外骨に興味をもってきたし尊敬の念さえ感じている。重要なのは、宮武外骨も一貫して権力に言論で戦いを挑みつづけたことであり、プロパガンダとジャーナリズムの嘘を暴きつづけたことだ。戦前の全体主義政府やその追従であった新聞だけが敵ではなかった。戦後もGHQを敵にまわし、いくども発禁処分をくらっている。

最近、堀江貴文が味の素について発言したことがネットニュースで話題になったが、宮武外骨が「味の素の原料は青大将」という主張をしたことがあるのが面白い。これは当時の新聞の広告主である鈴木商店(現・味の素株式会社)を攻撃したわけだが、これはデマであり行き過ぎた批判だった。

過激にして愛嬌あり—宮武外骨と「滑稽新聞」』 (吉野孝雄著/ちくま文庫)は、宮武外骨が繰り広げた筆誅と筆禍の数々、発禁、入獄、罰金を繰り返す懲りない生き様を伝えてくれる名著で、私の愛読書でもある。

今や前科のひとつもあれば人生はほぼ詰みという時代だ。それほどまでに法律と警察に倫理を委ねてしまっている。これだけとってみても私たちに倫理の基準はない。宮武外骨のように世を眺めることも今や憚れる。しかし、宮武外骨の時代より、プロパガンダとジャーナリズム、インテリの嘘はさらに巧妙なものになっているのは言うまでもない。

過激にして愛嬌あり ─宮武外骨と「滑稽新聞」

吉野孝雄 (著)

ちくま文庫 (翻訳)

法政大学出版局

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