学習院大学法学部教授 小塚荘一郎氏に聞く
(3)新しい権利と変わらない論理

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聞き手 都築 正明
IT批評編集部

じつはヒューマンでやわらかな法

「IT批評」の編集長エッセイ(2022.12.05 Le essais「ワールドカップが求めた数学的な正しさと、ポストヒューマニズムの行方」)にも書かれているのですが、2022 カタールワールドカップのときに人間の審判の判定よりもVARによるジャッジが尊ばれたことは、人々が人間の判断よりもAIによる数理的な判断を信じるようになったことを象徴する出来事だったように思えます。そう考えると、法曹分野においてもリサーチ以外の判断を機械化していく可能性もあるように思えるのですが。

小塚 VARが優先されたのは、物理的なジャッジメントだったからです。たとえば交通事故の瞬間を2度見ることはできませんが、さまざまなデータを用いれば当時の状況を再現することができます。こういう点で、AIを法曹分野で活用する可能性は大きいかと思います。そうでない法律の判断については、法律家はロジックによるアプローチで結論を導き出します。ディープラーニングは、相関を見いだすことに強みを持っていますが、中間層で何をしているのかはわからないのでロジックを見出すことはできません。もしそういうシステムを法律の世界に使うとなると、法律というものが根本から変わってしまいます。

たとえば個人についてのデータを分析して、さまざまな属性から犯罪傾向を判断して裁決をくだすようなことですよね。中間層に畳み込まれたロジックはあるものの、私たちが辿って納得できるものではない。

小塚 法律家も、法解釈のロジックが実状と乖離しているのではないかという議論はしています。『嘘の効用』(末弘嚴太郎著/日本評論社)という名著がありますが、裁判官が法の条文に即して判決を下していても、実際には現状を勘案してある程度は法律を婉曲して――つまり嘘として――使うことがあります。それでも、法律を使って表面的なロジックを維持しているところに法制度の大事な要素があるのです。そこをAIに置き換えると、その大事な要素が完全になくなってしまうことになります。リーガルテックが進んで、裁判官の代わりにAIが法適用をすることになると、法が法でなくなってしまう。

法律というと、私たちは四角四面なものだと思いがちですが、実はヒューマンな運用で成り立っているのですね。

小塚 法を文字どおりにあてはめるだけでよければ、機械に任せてしまえばよいということになります。しかし法律のロジックには人間的なものが多分に含まれています。そして、こうしたロジックにこそ意味があるのです。先ほどのVTuberの話のように、「美少女といっても本当はおじさんがしてるんでしょ」といった途端に世界が崩壊してしまう。そうなると、剥き出しの金と権力が争う世の中になってしまいます。

そう考えると、ヨーロッパのようにローマ法のころから法に基づいて議論をしながら自分たちのルールをつくってきた歴史を持つ人たちと、常にルールを与えられてきた日本とでは、AIについての考え方も異なりそうですね。

小塚 たしかに、日本社会は、AIについても案外すんなりと受け入れてしまうかもしれません。(了)

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