東京大学 先端科学技術研究センター 吉村 有司氏に聞く
(2)都市づくりに新たな視点「アーバン・サイエンス」の可能性
客観的データが見晴らすまちづくりの地平
ジェイン・ジェイコブズが批判の対象とした“輝く都市”は、ル・コルビュジエの時代に、スペイン風邪の流行によって清潔な都市空間が求められた結果でもあります。それ以前には、コレラが流行した後にロンドンで上下水道が整備されています。現在のコロナ禍のようなパンデミックの後に、やはり清潔な“輝く都市”が、再び求められる可能性もありそうです。
吉村 おっしゃるとおり、近代の都市計画は感染症が 1 つのきっかけとなって生まれました。決して感染症だけが近代都市計画を生み出した訳ではありませんが、19 世紀にヨーロッパで流行したコレラ対策として公衆衛生法ができ、その流れのなかで近代の都市計画が確立されていったという経緯があります。健康や衛生をきちんと保つことが都市の基本ルールだということを考えると、今回のコロナ禍で、私たちの都市社会が 1 段階バージョンアップした、という見方ができると思います。大きな目で見れば、感染症対策として都市が生まれ、集団で生活することで感染症が広がり、という連鎖があって、感染症と都市というのは追いつ追われつの関係を続けているわけです。今回のコロナ禍においては、デジタルテクノロジーがあることで、新しい可能性を見出すことはできると思います。
先ほどの話とも重なりますが、デジタルツールを手にした世代が、再帰的に生活や街をつくっていくことになりますね。
吉村 それに、都市の魅力というのは、無菌状態で管理されることではありませんよね。都市生活の面白さというのは、雑然としたところにあったり、予測不能なものに出会ったりするところにもあるわけですから。
「IT批評」でも、坂倉準三が設計した“輝く都市”の象徴である新宿西口がなくなることから、コルビュジエやジェイコブズに触れた「都市にイノベーションは戻るのか? アフターコロナの都市論を想像する」という編集長のエッセイを掲載したことがあります。ジェイコブズのような人は、反資本主義的な人たちには市民運動家として受け入れられ、新自由主義的な人たちには市場主義を標榜した人として受け入れられてきた経緯があります。先生の仕事は、データサイエンスという新しい手法で、イデオロギーで分断された都市観を縫合するようにも考えられます。
吉村 そういう言い方もできると思います。さらに進めて考えれば、サイエンスを新しい宗教だとして相対化する考え方もあるわけです。
ユヴァル・ノア・ハラリのいう“データ教”のような考え方ですね。とはいえ、美しいものとされて残されているものは、宗教都市だったり宗教建築だったりもします。
吉村 そこから脱却するか、もしくは脱却しなくてもよいのか、という限界についても、今後考えるべきかもしれません。ただし、デジタル技術はこれからもっと進化するでしょうし、そこからもたらされるメリットも拡大するでしょう。今回のコロナ禍にしても、人類史的には、私たちがネットを手にして以来はじめて直面するパンデミックです。30 年前に同じことが起きていたら、もっと大きな被害があったかもしれませんし、逆にこれほど騒がれなかったのかもしれません。ただ現時点で、デジタル技術に基づくコミュニケーションがコミュニティを醸成したり、合意形成を促進できるツールであることは間違いありません。データに基づいて都市計画やまちづくりを進めるアーバンサイエンスの分野も、特に日本ではまだ端緒についたばかりです。僕の研究が、人々が自分たちのまちづくりに参加しつつ、生活の質的向上をはかることに役立てば、とても嬉しいです。(了)