“神の手”から“AIの眼”へ──審判の消失と人間存在の再定義
ワールドカップが求めた数学的な正しさと、ポストヒューマニズムの行方

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テキスト 桐原 永叔
IT批評編集長

ワールドカップに持ち込まれた数学的正しさ

日本がドイツを破った以上に世界を驚かせた試合があった。FIFAランキング3位、36戦無敗を誇ったアルゼンチンを同51位のサウジアラビアが逆転で破ったのだ。

この勝敗に少なからず影響を与えたと言われるのが、本大会から導入されたAIによる「半自動オフサイド判定」というテクノロジーだ。前大会の2018年ロシアで導入されたVAR(ビデオアシスタントレフリー)に続くもので、それらはセットで活用される。

アルゼンチンとサウジアラビアの試合でも前半25分、アルゼンチンのゴールがVARによって取り消され、モニタの画面にはオフサイドラインを超えたアルゼンチン選手のデジタル画像が映し出された。

半自動オフサイド技術はスタジアムの天井に設置された多数のトラッキングカメラによってボールと選手の位置を正確に測定する。公式試合球にもセンサーが内蔵され、1秒間で50回以上の追跡を可能にしている。

VAR導入の際にも「機械にたよるのか」「サッカーの醍醐味が失われる」という批判が一部にはあったが、当初よりジャッジの公平性を支持するほうが大勢だった。ファンからは微妙なジャッジに対してはすぐにVARを求める声があがるようになった。半自動オフサイド技術も同様であろう。審判へのアピールプレーや審判をうまく欺くプレーであるマリーシアが不可能になり、それを得意とする南米チームが不利になると言われはじめている。そのことを世界中のファンが歓迎している。

ここで思うのだ。私たちはサッカーにおいてさえ、人間よりもAIを信じるようになっている、と。AIの正しさとはつまり自然科学の正しさであり、自然科学の正しさとは数学的な正しさのことにほかならない。デカルトとガリレオが真実の追求のための数学を取り入れて以来、この世界の正しさの最大の根拠は数学である。

サッカーと数学。オシムのそれとは違う意味だが、サッカーの試合を正しいものにするAIは、しかしサッカーを美しいものとして留めてくれるかはまた別の議論が必要だろう。

とはいえ、数学がいかにして人間が「正しい」と認識する基盤を整えてきたのかは非常に興味深いものだ。

数学の進化とは, 正しさの直観能力の進化である. それは人間の悟性が, より抽象的な世界の中に新たな正しさを見出すことである.

物語 数学の歴史 正しさへの挑戦

そう論じられるのは数学者の加藤文元の『物語 数学の歴史 正しさへの挑戦』(中公文庫)である。

数学は正しいのみならず、美しいと形容されることが多い。天才数学者たちの証明は「美しい」と感嘆されるものだ。この数学の美しさが、サッカーの美しさに寄与するものであれば、私たちはどんなにか幸福だろう。

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